肉体的には驚くぐらい健康で、選手ほどではないが一日中外でキビキビと働き、多少の寝不足が続いているにも関わらず、この高校二年生の身体には感動すら覚える。
若いっていいな、なんて年寄りめいた事を考えながら、合宿初日の夜に見つけた"秘密基地"へと足を運ぶ。
「あれ、先客」
「おはよう苗字」
選手たちが寝泊まりするエリアからは離れたこの場所に人影が見えたことに、つい条件反射で声を発してしまう。私の声に反応して振り向いたのは柳その人である。
「『何故ここが』とお前は言う」
「ふふっ、正解。おはよう柳」
いつも私の事を読めなそうにする柳が、"紙面上創作物"として読んだことのある言い回しで言うものだから思わず笑ってしまった。本当にこう言うのだな。
「この場所のことは既に調査済みだ」
「秘密基地だと思ったのになぁ」
「合宿中の行動範囲は大体把握しているさ」
「幸村しか知らないと思ってた」
幸村の名を出せば、彼の表情が少しばかり強張って、何かの地雷を踏んでしまったのかと内心焦る。
しかし行動範囲を把握されていたとはいやはや恐れ入る。流石は
「昨日の今日で歓談室に行くとは思えない。かと言って疲れが出始める今日散歩に出る確率も低い」
「ランドリーの確率は?」
「距離を考えるとここが妥当だろう」
「柳にはなんでもお見通しだね」
肩を竦めて言ってみるが、彼はそれを見て見ぬフリをし、私に座るよう促す。観念して大人しくすぐそばのソファーに腰掛けた。
妙に時間の流れが遅く感じるのは、やはり昨日の朝の件を思い出してしまうからだろうか。さっさと割り切れないなんて私もまだまだ子供なのかもしれない。
「昨日は上手くはぐらかされてしまったからな。今日は朝食までゆっくり話そうじゃないか」
「……柳のほうが手強いね」
「それに俺はしつこいぞ」
「自分で言うの」
ねちっこさを自分から白状したことが面白くクスクスと笑えば、柳の表情も幾分か柔らかくなる。こうやって話しているだけなら可愛い男子高校生なのにな。
暫くそうして他愛のない話を続けていたら、ついに本題と言わんばかりに柳が姿勢を正すので、なんとなく私も背筋をピンと伸ばす。彼は一度大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「お前は精市をどう思う」
「どうって……」
「何、思ったままを言えばいい」
「わがままボーイ、かな」
もっと明け透けに言うなら、我儘で自分の思い通りにならないとすぐに不貞腐れるし、明るいトーンで恐ろしい事を言っちゃうような、可愛い男の子。もちろん彼の尊厳を守る為にもそうは言わないが。
柳は少し不服そうにノートに何かを書き込んでいる。私のデータか、はたまた幸村のデータなのか。
「では仁王はどうだ?」
「そうだねぇ……子猫ちゃん」
「言わんとしていることは分かるが、随分と可愛らしい言い回しをするじゃないか」
そりゃ可愛いからね。
そうとは言えず、笑顔で誤魔化す。
「次は赤也」
「切原は丸井とジャッカルとセットでチーム青春だよ」
なんだそれは、とでも言いたげに眉を顰める柳だが、チーム青春のことを詳しく説明する気にもなれず、これもまた笑顔で誤魔化した。
大方誤魔化していることはバレバレなのだろうけれど、彼も深くは追求してこないのでそれに甘える。
「ならば俺は?」
「柳は……」
頼りになるクラスメイトという立ち位置ならば、大人っぽくて頭のいい人、だったのだけれど。昨日彼の思わぬ"男子高校生"っぽさを見せつけられて答えあぐねていれば、柳が手のひらを前に突き出して言う。
「待て、言うな」
「あら」
「今答えを聞いてもフラれた気分になるのが読めた」
「ええ……」
「どう認識を改めさせるかが今後の課題だな」
柳は一人で話を進め、ノートを開き何かをブツブツと呟きだす。自己完結してくれたのならいいのだけれど。
しかしフラれた気分ねぇ。こんなに顔の整った男子高校生をフる方が問題ありそうだが、どうしても頭の中に
そのまま彼は何かの計算まで初めてしまい、ノートと睨めっこを続けているので、念のため一声掛けてからその場を後にした。
▼▲▼
少し早いが食事処にやってくれば、合宿最終日で気合いが入っているのか既に多くの選手たちが集まっていた。
その場をぐるりと見渡すと、すぐ近くに見知った姿を見つけたので声を掛ける。
「幸村おはよう。みんな早いね」
「やあおはよう苗字さん!今日は急遽トーナメント戦をやることになってね、やる気十分って感じだよ」
つまり昨日跡部に期待されていた"普通じゃない練習メニュー"はもう捻り出さなくてもいいというわけか。それにホッと胸をなで下ろすと幸村が不思議そうな顔をするので、なんでもないよ、と返す。
竜崎先生と榊先生お二人の提案らしく、午前練習もなくなるようだ。
「使用コートが増えるからマネの仕事は昨日より忙しくなると思うけど頑張ってね」
一年生トーナメントで2面、二年生トーナメントで6面使うようで、更には観月も試合に出るそうだからマネージャー三人でコート8面のお世話をする。これは確かに骨が折れそうだ。
「臨時とはいえ最後まできっちりやらせてもらうよ」
「さすがは俺が見込んだ子だよ」
社会人の頃はもっと理不尽なことにも耐えていたのだ。なんてことはない。
運動部のマネージャーとなれば肉体的には少しきついかもしれないが、忙しくすればするほど"知らないフリ"をする瞬間も減るわけだから、かえってそのほうが都合が良かった。
朝食も取り終え、いよいよ試合が始まる。
20190625 お肉