合宿編20



トーナメント戦もいよいよ大詰めとなり、残るは二年生の決勝戦のみとなった。ちなみに一年生は海堂が優勝した。生スネーク感動した。
トーナメントが進むにつれて試合が減る、つまり使用するコートも、見なければいけない選手も減るので、マネジメント業の方も消化試合と言った感じだ。


「すごい試合だね……」

「はい、言葉が出ません……」


桜乃ちゃんと二人で観戦をしているが、今観ているこれは本当にテニスなんだろうかと聞きたくなる代物だ。決勝に勝ち進んだのは手塚と幸村で、夢のような対決であるには違いないが、本当に次元が違いすぎて目眩がする。


「手塚ファントムってなんだよ……」


当然"紙面上創作物"としてなんとなく原理は分かっているものの、それを可能にしてしまうのも意味が分からないし、発動中に手塚を取り囲むようにしてマゼンタカラーの風が舞うのも意味が分からない。
だけどそれを更に上回るようにイップスを起こさせてしまう幸村も意味が分からない。いつか幸村が可愛らしく五感奪ってもいい?だなんて言ってきたことがあったが、そんな可愛いものじゃない。


「説明しようか?」


背後からニュッと現れた乾が、思わず呟いてしまった手塚ファントムについて説明したそうにウズウズしているが、説明されても眼の前で起こる超常現象を理解できそうもないのでご遠慮頂いた。


「どうだ、精市のテニスは」


乾に続き、柳もニュッと現れる。


「あのテニスこそ神の子たる所以だ」

「確かにこの試合を見せられたら神の子と言わざるを得ないね」


でも、と私は続ける。


「それでも、幸村はただの男の子だよ」


幸村だけに限った話ではない、彼等が魅せる超次元的なテニスは一般人の私には到底理解しえないだろう。
しかしそれでも、私が知る"生身"の彼等はみんなただの可愛い男子高校生なのだ。


「苗字らしいな」


柳はフッと嬉しそうに笑った。
そこで会話を終わらせて、私は幸村のテニスを目に焼き付けるべく、改めてコート内を注視する。


「どうだ貞治、立海(うち)のマネージャーは」

「知れば知るほど面白いよ」


二人の会話に聞き耳を立てていた訳ではないが、参謀である柳が「立海(うち)の」と称してくれた事が嬉しくて、心臓がムズムズするような気持ちになる。
最初はあんなに関わることを避けていたのに、臨時マネージャーなんてやりたくないと思っていたのに、今は彼等と関われて、合宿にお供できて良かったなと思えた。



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幸村の勝利をもって、合宿の全日程が終了した。
長かったようであっという間だった三日間ももう終わってしまい、そこはかとなく寂しいような気持ちもあるが、達成感の三文字が私を埋め尽くした。スポーツに熱中し汗を流すキラキラな男子高校生たちを、この合宿で少しでも支えられたのなら嬉しい。

帰りのバスが来るまでの間、選手たちはロビーで待機しているので、今のうちに挨拶を済ませてしまおうと青学が集まる場所へ移動する。
するとすぐに周助がこちらに気付き、人の良さそうな笑みと一緒に歩み寄ってくる。


「幸村には負けちゃったけど、苗字さんに良いところ見せられたかな」

「とてもかっこよかったよ!」


先ほどの二人の試合を思い出し半ば興奮気味に感想を述べれば、彼は心底嬉しそうに「ありがとう」と微笑んだ。


「そうだ、不二にもよろしくお伝えくださる?」

「うん?ルドルフならまだあっちにいるよ」

「ええと……観月に睨まれるから」

「フフフ、そういえば彼もいたね」


まるで観月の存在に今気付いたかのように妖しく笑うが、本来なら薄ら寒くなるようなそれも、ブラコンを拗らせているという印象の方が強く、それがおかしくて釣られるように私も笑った。

周助と別れの挨拶を交わした後、今度は氷帝が集まる場所へ向かう。
宍戸と長太郎に挨拶をしに来たのだが、真っ先に忍足が声を掛けてくる。意外な事にもどうやら彼に懐かれたのかも知れない。だって私は"猛獣使い"だし、なんて心の中で皮肉る。


「また会えるやろか」

「さあ?臨時だし二度と会うことはないかもね」

「つれへんやっちゃ。そや、氷帝に転校したったらええやん」

「君こそ立海においでよ」


歓迎するよ、と手を差し伸べれば「お、そらええなぁ」と私の手を取る。しかしずっと様子を窺っていた向日が「おいこら侑士!」と忍足の脚をゲシゲシ蹴り始めて、余りにも無遠慮なそれを忍足がニヤニヤと受け止める。二人の間に"信頼"の二文字が見えた気がした。
二人に別れの挨拶をしてから、改めて宍戸と長太郎に声を掛けた。


「二人ともお疲れ様」

「名前さん!またあの場所で会いましょうね!」

「え、行ってもいいの」


邪魔になってしまうんじゃないの、そう返せば「そんなことないです!」と一生懸命否定してきて、それがなんだか無性に嬉しい。この世界に少しずつ私の居場所が増えてきている事に心の底から喜んだ。


「苗字、その」


胸にジンと響く暖かさを噛み締めていると、今までずっと黙っていた宍戸が声をかけてくるが、なんだか言い辛そうにモジモジとしていて、その姿が余りにも宍戸らしくなくなんだか笑える。

そうして彼が右手で握りしめているスマートフォンに視線を移してから、ああ、と察した。これはいつかにあった丸井と同じパターンと見ていいだろう。やはり素直に連絡先を交換しようと言えない男子高校生は流行っているな。大流行だ。


「宍戸少年、LINE交換などいかが?」

「!お、おう!頼むわ」


その様子を側で黙って見ていた長太郎が目を輝かせているのに気が付き、某金融機関のCMを思い出す。チワワが目をウルウルさせて「どうする?」と聞いてくるアレだ。


「長太郎のは後で宍戸から聞いておくよ」

「はい!やったあ!」


デジャヴだ。
長太郎の背後にブンブンと振られた尻尾と咲き乱れる花々の幻覚が見えた。本当に君というやつは、感情が素直に表に出るのは可愛らしいが、少々厄介である。この三日間際限なく与えられ続けた「男子高校生可愛いタイム」の多くは君のせいだ。
だってこんなの撫でくり回したくなるじゃないか。

バスが到着したようで、名残惜しげにする二人に手を振り立海が集まる場所へと小走りで急ぐ。


「随分親しげじゃの」

「あらヤキモチ?」

「そんなんじゃなかよ」


仁王はそう言って顔をフイと逸らした。
昨晩の切原の反応といい、今日の幸村の反応とといい、やはり他校生と親しげにするのは思いの外気にされるようだ。

バスに揺られながら、今後の身の振り方を考える。そうしているうちに睡魔に誘われるまま意識を手放した。
合宿が終わった。


次回から日常編となります
20190627 お肉