日常編02



(side仁王)


合宿のお陰で今日は部活が休みだから、朝練も無く久しぶりにゆっくり登校する。教室に入り丸井に挨拶すればいつもの数倍機嫌が悪そうで、女子から貰ったポッキーをふくれっ面で食べてるのが面白い。


「そんな顔で菓子食うところ初めて見るのう」

「うるせー」


茶化してやれば想像通りの回答。
誰かと喧嘩しようが試合に負けようが女にフラれようが、ここまで機嫌の悪いこいつは滅多に見られない。余りにも珍しいそれに興味が湧く。
いい暇つぶしを見つけたナリ。

丸井の機嫌をここまで損ねさせた原因を探ろうとクラス内の適当な女に話を聞いてみれば、「転校生と登校してたから彼女と別れたんだと思って声をかけた」「けど別れてなかった」「転校生置いて一人で教室向かった」だそうで。
存外答えはすぐに見つかった。


「苗字さんにフラれたんか」


三限が終わり再び丸井に声を掛けた。
俺の"苗字さん"という単語に分かりやすくピクリと反応を示し、思わず口角が上がるがそのまま続ける。


「あの人はやめときんしゃい」

「はぁ?意味わかんねーこと言うな」


丸井はそのまま「便所」と一言だけ残し席を立った。
あの人はやめときんしゃい、これは丸井だけに言った訳ではない。彼女と関わる人間全てにだ。



▼▲▼





四限が終わり昼休みに入れば、隣のクラスからジャッカルがやってくる。目的地は当然丸井の席だ。俺もジャッカルに倣い丸井の席へ向かう。
大概この三人か、たまにやってくる赤也を入れた四人で昼飯を食う。尤も、俺は食べない事の方が多いが。


「なあなあ、今日のブン太どうしたんだ?」

「知らん」


こそこそと耳打ちしてきたジャッカルに一言返せばもう聞いてくる事はなかった。勿論原因は知っているが、敢えて話す気にはならない。

目の前で弁当を食っている二人を眺めながら、元凶である"あの人"を思い馳せる。思えば彼女とまともに会話したのはたった一度きり。それ以外は適当に茶々を入れるくらいだった。

初めて相見(あいまみ)えたのはミーティングルームで、幸村に無理やり参加させられていたらしかった。その幸村への扱いが面白かった記憶。
親の説教みたいだと思った。

更に回想を進める。

毎週火曜の朝っぱらからある体育が怠く、サボりついでに丸井のスマホでテトリスをやっていた時だった。手の中でそれがブブブと小さく震え、画面の真ん中にメッセージを知らせるダイアログが出てくる。いつもなら無視して閉じていただろうが、そのダイアログに表示された苗字名前の文字に好奇心が湧いた。

盗み見たメッセージの内容は年頃の女とは思えないような代物で――絵文字の一つも見当たらない――ますます興味が湧いて上手いこと呼び出してみれば、本当に準備室まで来るものだから随分肝の据わった女だと思った。
と同時に、拘束しても暴れたり喚いたりしないし、サボりに付き合わせても顔色一つ変えない彼女に対し得体の知れない恐怖心を覚えた。

その時の会話を思い出すと今でも寒気がする。
顔色も声色もほとんど変化が無く、探りを入れてみても得られる物は何も無かった。ただ彼女が"普通じゃない"という事だけは分かった。
それから、彼女といると酷く心が掻き乱される事も。少しちょっかいを掛けてみればあろう事か俺を綺麗と言ったのだ。誰かにそう言われたのは初めてで、俺をオモチャ扱いしたのも初めてで、いつもの俺ではいられなくなる。
自分が自分では無くなるような、何重にも重ねた偽りの仮面が一枚ずつ優しく壊されていくような、そんな感覚が怖かった。

だから合宿中も必要以上には絡まず、時折茶々を入れるだけに留めた。
そんな折、彼女を見る参謀の表情を見て気付いてしまった事がある。観察眼に優れているのは自負していたが、出来る事ならそれには気付きたく無かった。


「丸井、少しいいだろうか」

「なんだよ柳」


回想中に不意に聞こえた参謀の声に驚き、瞬時に現実へと意識が戻される。


「苗字がお前の彼女に連れていかれるところを見た。場所は恐らくB棟の裏手だろう」


こそこそと話しているが、地獄耳の俺には丸聞こえだ。或いは参謀の奴、わざと俺に聞こえるように言ったのか。相変わらず食えない男じゃな。
丸井が立ち上がる。あの人の所へ行くのだろう。


「わりい、ちょっと出てくる」

「じゃあ俺も食い終わったし教室戻るわ」


丸井は走って教室を出て行った。
ジャッカルもA組へ帰っていく。
しかし何故か参謀は帰らずに丸井の席へと座る。さっきまで参謀とあの人の事を回想していたばかりだからなんとなく気まずい気持ちになる。


「なんじゃ、俺に用でもあるんかの」

「お前は苗字が怖いか?」

「言ってる意味がわからんぜよ」


苗字さんの事は怖いと思う。
でもそれを教えてやる義理はない。


「言葉を変えよう。彼女を気に入っているか?」

「参謀からそう見えるんならそうなんじゃろ」

「ならば彼女には近づかないでくれ。俺の言いたいことはそれだけだ」


参謀は「ではな」と帰って行った。
俺はあの人が怖いと思う。だって16〜17歳の女にはどうやっても見えないし――見た目の話じゃないナリ――やる事なす事全てが落ち着きすぎている。元々そう言う性格だったにしても彼女の俺たちを見る目が慈愛のそれに近いのだ。だから怖い。

それにあの人は俺たちに何かを隠している。
勘の鋭い参謀や幸村ですら気付けない感情の機微を感じ取れたのは、普段騙す側にいる俺だからだと思う。
その隠し事を暴くその時まで、あの人に呑まれてはいけないのだ。だから俺はあの人に目を光らせている。それが参謀の言う"気に入っている"という事なのだろう。

五限が始まるチャイムと共に教室へ帰ってきた丸井の表情が嫌にスッキリしていて、こいつの一喜一憂にあの人が関わっている事にまた怖さを覚え、それを誤魔化すように小さく呟いた。


「プリッ」



彼女に等しく男子高校生扱いされる仁王くんはそんな彼女が怖くて、王子様たちの中で人一倍彼女の言動を気にして見ています。
恋じゃ無くても確実に特別な感情。
20190701 お肉