日常編03




「お待たせしてごめんね」

「俺も今来たとこっス!じゃ行きましょ!」


例のコンビニ前で切原と待ち合わせする事にしたので、放課後になってすぐにここへ来たというのに彼は既にそこにいた。待たせてしまったかと謝罪すればそんな返事が返ってきて、なんだかカップルがするやり取りのようなそれに少しヒヤリとする。
未成年淫行にならないよね……?


「これは秘密にしてくださいね!」

「もちろん」


切原の考えた"秘密"とは、放課後デートだった。
そんな事で良いのかと思ったが、今こうして嬉しそうな彼の表情を見れば、これで良かったのだと思える。


「どこに向かってるの?」

「俺のホームっス!丸井先輩たちも知らないとこ!」


途中でバスに乗り、立海から数駅離れたところにその"ホーム"はあった。つまりゲームセンターである。

入店して地下へ続くエスカレーターを降りると様々な筐体が所狭しと並んでいて、それらから発せられる喧騒に耳が慣れるまで少しの時間を要した。慣れる頃には切原の目当ての筐体へと辿り着く。


「格闘ゲーム?」

「っス!一人で遊ぶ時はいつもここなんスよ」


格闘ゲーム、触ったことはあるものの満足に遊べる程ではない。早速プレイを始めた切原の少し後ろ側に立ち彼のプレイを見守ることにした。



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「放ったらかしてすんません!1クレのつもりだったんスけど……」

「ふふ、楽しかった?」

「はい!っじゃなくて!」


流石彼の"ホーム"なだけあって、手練れがいたのか熱中してプレイしていた切原は、ここへ来てから一時間程経ってからハッと思い出したかのように此方へ走り寄り謝りだした。
自分の知らないゲームを観るのも案外楽しかったし、何よりも可愛い後輩が楽しんでくれていたならそれだけで十分なのだ。紙面上創作物として見る事が出来なかった一面を知れたというのにも大きな意味があった。


「そだ!ここの一階にクレープ屋あるんでそこで休憩しましょ!」


彼なりの詫びなのか「ご馳走します!」と嬉しそうに私の手を引き歩き出した。
男子高校生というのは、いつもこうして連行する。流行っているのか?と考え出した頃にはもうお店に着いていた。


「わ、美味しそう」

「丸井先輩にも教えてないのはこれが理由っス」


確かに甘い物が食べられるお店がこんなに近くにあるとなると、丸井の事だから後輩に奢らせたりしそうだ。
そこでふとお昼休みの出来事を思い出す。あの後丸井の恋人である先輩は大丈夫だっただろうか。仲が壊れたりしていなければいいが。


「名前先輩?決まりました?」

「……じゃあ私はこれ」

「え〜!それクレープじゃないっスよ!」


私はクレープメニューよりもほんの少し安いタピオカドリンクを指差した。不満そうにする切原だが、たった今思い出してしまったあのカップルの事が気になって既にお腹いっぱいなので、ゆっくり好きなタイミングで飲める物にした。
切原も炭酸タイプのタピオカドリンクを選んだ。


「なんで女ってタピオカ好きなんスか」


ぷらぷらと近くの歩道を歩きながらそんな事を呟く。彼の方をチラリと見遣れば、その手の中にあるドリンクはもう半分程無くなっている。


「このモチモチ感がいいんじゃない?」

「……名前先輩って良く分かんねーっスね」

「うん?」

「アンタに聞いてんのに」


彼の事は鈍そうだと思っていたが、野生の勘とでも言おうか、私の答えが"女(女子高生)目線"ではない事に気付いたのだろう。
私のしたそれは酷く俯瞰的だったのだ。


「私はモチモチ感が好き」

「ん。それならいいっス」


言い換えれば満足したのか、彼は残りのタピオカをズズッと吸った。今後はもう少し自分が女子高生であるという自覚を持たなくてはいけないな、と決意を新たに私も手の中のそれをちゅるちゅると啜った。
遠くの方にバス停が見える。そろそろお開きとなるのだろう。


「私、放課後デートって何すればいいのかよく分からなくて」

「何言ってんスか、俺もっスよ」


正しくは、"今の高校生がする放課後デート"が分からない、だけれど。彼も分からないなりに、二人だけの秘密を作ろうとホームに連れてきてくれたんだな、と思うと頬が緩みそうになるがグッと(こら)えた。
今日は彼の新たな一面を見れたし、彼のチームメイトですらも知らない"秘密"の場所に連れてきてもらえて、私という存在を認めてもらえた気がして大変有意義だった。


「今日は楽しかったよ。お誘いありがとうね」

「あ、あの!」


バスの方向が逆なので、お礼を伝えて信号を渡ろうとしたところで呼び止められた。


「また誘ってもいいスか!?」

「ふふ、私こそまた誘われてもいいですか?」

「もちろんス!絶対っスよ!」


嬉しそうに顔を綻ばせる後輩の姿に胸がきゅうんとする。いやきゅうんとさせてどうする、相手は少し前まで中学生だった可愛い男の子だ。落ち着け、私は大人だろう。
油断するとすぐこれだ。

切原が乗る方向のバスが到着したので、大きく手を振る彼に私も手を振り返す。走り出したバスが見えなくなってから、持っていかれそうになった心臓を落ち着かせるために、カップの中に僅かに残るタピオカドリンクをちゅるると飲み干した。

口一杯に甘ったるさが広がった。


二人だけの秘密に心躍らせて放課後デート誘っちゃう切原。今後定期的にデートさせていきます。
20190705 お肉