日常編04



切原との放課後デートの翌日、いつものように登校し、いつものように幸村と屋上で昼食をとり、いつものように放課後を迎えた。
いつもと違うのは、19時にとある人物と待ち合わせをしている事である。


「よう」

「……やあ」


昨日切原との待ち合わせで使った"例のコンビニ"前で赤い癖毛の彼が待っていた。私に気付いた彼が短く挨拶をしてきたので、私も大人しく返事をする。


「なんか買うモンある?」

「折角だしジュース買ってくる」

「んじゃ待ってるわ」


昨日の一件以来、必要以上に丸井と接するのを避けていたので、当然LINEのメッセージも返していなかったし、休み時間に廊下で見かけても目を合わせなかった。
しかし放課後になってからLINE通話を掛けてきて、最初こそ無視していたものの余りにしつこく掛けてくるものだから出てしまえば、部活が終わってからあのコンビニで待っていてくれ、とそんな内容。


「お待たせ」

「おう、あっちの公園行こうぜ」


駐車場でのたむろは良くない。ここから歩いてすぐの小さな公園へと場所を移し、適当なベンチに二人で腰掛けた。この間無言である。


「あんまり二人でいるのは良くないと思うのだけど」


腰掛けてから待っていても中々口を開かない丸井に痺れを切らし、彼の恋人を思い浮かべながらそう言うと、彼はハッとした後にポツリと溢した。


「あのさ、その事なんだけどよ」

「どうしたの?なんだか煮え切らないね」

「……あいつと別れた」


今なんと仰いました?
バツが悪そうにしている丸井をよそに、私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
明らかに私のせいで別れたとしか思えなかった。


「本当はすぐに名前に言いたかったのに、お前LINE未読無視するし学校でも目合わせねぇし」

「先輩に丸井には近付かないって言った手前ね」

「でも言ったら言ったで名前の事だから自分のせいだって気にすんじゃねぇかなって」

「おっしゃる通りで」


今まさに罪悪感に押し潰されそうだった。
丸井と仲良くなれたのは嬉しかったが、そのせいで一つのカップルが終わってしまうくらいなら、仲良くならなければよかった。出会わなければよかった。
だって、私は、。


「俺さ、名前ともっと仲良くしてぇの」


頭の中でぐるぐると駆け巡る後悔の二文字に目眩を起こしそうだったが、丸井の声で意識を戻される。


「だぁーもう!なんか俺スゲーだせぇな」

「丸井……?」


彼は自分の頭をわしわしと掻き回し、あーとかうーとか唸りだす。昨日の朝もコンビニを出てからこんな姿を見せられた気がするな、とぼんやり思い出した時、彼は意を決したように口を開いた。


「名前の事すっげー気になんの」


受け取りようによっては告白に聞こえるそれに思わずギョッとする。私は大人なのであらぬ勘違いをする事はないが、今時の高校生はこんなに思わせぶりなこと言ってしまうのだろうか。そうだとしたらこれは大変な事件である。


「丸井、少し言葉を選んだ方がいいよ」

「はぁ?!なんでだよぃ!」

「だって今のすごく告白っぽい」


声を荒げる丸井に事実を述べれば今度は顔をカアアと赤く染め上げる。やはり無自覚でしたか。


「私だったから良かったけど、相手によっちゃ勘違いするから気をつけようね」

「〜〜ッ!お前なぁ!」


尚も顔を赤くしたまま怒った様子の丸井に、意味がわからないという視線を向けたら、失礼なことに大きな溜め息が返ってきた。君の為を思って忠告したのに全く酷いやつだな。そして罪作りな男だ。


「元々あいつから告ってきたから付き合ってただけなんだよ」

「え、好きじゃなかったの?」


丸井はもう一度大きく溜め息を吐いてから、先輩との関係について呟き出した。好きじゃなかったのかと尋ねれば、小さくうんと頷かれて反応に困ってしまう。
好きじゃないのに告白されたから付き合う、確かに高校生の恋愛っぽくはあるのだけれど、なんというか日本の未来に不安を覚える。


「見た目は好みだったし、お菓子作んの上手いから俺にしては長い方だったんだけどさ」

「君は本当に罪作りだね」

「身体の相性も悪くなかったし」

「それは今必要のない情報ですやめてください」


高校二年生の口から"身体の相性"だなんて言葉は聞きたくなかった。そういう話は同性同士でするものであって、年齢はともかく異性相手に明け透けに話す内容ではない。


「でもまさか名前が呼び出されるとは思ってなかったんだよ」

「ヤキモチ妬いてくれるなんて可愛いじゃない」

「手ぇ上げても?」


そう言われてしまうと言葉が詰まる。
手さえ上げなければいいのかと問われると、そもそも呼び出されるのも話を聞いてもらえないのもご勘弁願いたいところだ。
それでも、。


「それでも今回の件は私にも非があったし」

「俺に彼女いるの知らなかったってやつ?」


そう、と短く返す。
これに関しては確認を怠った私にも責任がある。恋人がいるのに別の女と無自覚に仲良くしてしまう丸井にも責任があるが。


「俺女友達多いほうなんだけどなー」

「今まで一緒に登校したことは?」

「んーそれはないかも」


もう間違いなく十中八九それが原因だ。私が女友達にしては距離が近すぎたのが問題だったのだ。


「ま、手上げなくてもあいつとは別れてたな」

「なぜ?あんなに可愛い人なのに」

「顔とかじゃねーよ。分かってねーなぁ」

「どうして?」


どこか吹っ切れたようにする丸井に改めて問えば、彼は此方をしっかりと見つめて言った。


「あいつといるより名前といる方が楽しいからに決まってんだろぃ?」


丸井、それだよ。
それが勘違いさせる思わせぶりな発言だ。

余りにも無自覚に発せられた最早暴力的なその言葉に、上手く躱す術を持たない私は、もうスルーしてやる事しか出来なかった。
それから少し雑談した後に帰路へついたが、家に着いてからも暫くは彼の言葉が頭から離れなかった。


むしろ自覚してやってそう
20190705 お肉