日常編07



頭痛は治ったものの、相変わらず外はシトシトと雨が降り続いているので、大人しく教室で昼食を取っていた時だった。突然廊下側がざわざわと騒がしくなる。
柳は生徒会の集まりがあるらしくこの場にいないので、突然の現象について聞こうにも聞けない。


「苗字さん!」


廊下側の席できゃいきゃいと昼食を取っていた女の子達の方から私の名を呼ぶ声が聞こえたので、首を傾げてそちらを見遣ればおいでおいでと手招きされる。


「どうしたの?」

「仁王くんが!」


手招きしてきた彼女が、今度は廊下側を指差す。指の先にいたのは仁王で、彼女の言葉から察するに私に用事があるらしい。
女の子達へお礼を告げてから廊下へ出ると仁王は黙って歩き出した。着いてこいということだろう、大人しく黙って着いて行けば、B棟との渡り廊下に差し掛かった辺りで彼は立ち止まった。


「呼び出してすまん」

「調子はどう?バファリンで平気だった?」

「ああ、助かったナリ」


彼はポケットからバファリンの箱を取り出して私に差し出してきた。起き抜けにわざわざ届けてきてくれた律儀さがなんとも可愛い。
顔色も大分良くなったようで、ホッと息を吐く。


「苗字さん、ありがとう」


ペコリと上体を折り曲げて、大袈裟に感謝を表してくれる姿が妙に彼らしくなくて慌てて頭を上げるよう促した。大した事はしていないのだ。寧ろ最初に彼の様子に気付けなかった私に非があったと言ってもいい。


「すぐに気付けなくてごめんね」

「いんや、苗字さんのお陰でほんまに助かった」


私が謝罪すると、再度頭を下げられる。
なんだか調子が狂う。


「とにかく治ったなら良かったよ」


このままだと謝罪と感謝の堂々巡りになってしまいそうなので、彼が良いと言うのなら素直に感謝の言葉を受け取ることにした。
それに安心したかのように頭を上げた彼とカチリと視線が交わって、ふと違和感を覚える。


「あれ」

「どうしたんじゃ」


違和感の正体が分からず、モヤモヤした気持ちのまま彼の顔を不躾に眺める。彼もキョトンととぼけた表情で私の言葉を待っている。


「いや、何か……」

「なんじゃ、ジュースでも奢っちゃろうか?」


渡り廊下の端にポツンと設置された自販機を指差して、その目を細めて不敵に笑った。


「――ああそうだ、琥珀だ」


その細められた目から覗く彼の琥珀に違和感を覚えたのだ。私が納得した代わりに、今度は彼が首を傾げて怪訝な顔をする。


「琥珀じゃないんだ」

「おまんさん、何を言っちゅう?」


保健室にいた時から、彼の瞳が気になっていた。
別に虚ろになっていた訳ではなく、そもそも琥珀ではなかったのだ。全然気が付かなかった。


柳生(・・)に聞けば分かるよ。それじゃあね」


尚も怪訝そうな顔をしたまま首を捻る仁王(・・)に、柳生(・・)ならば分かると告げて手を振りながらその場を後にした。


柳生の瞳は明るめのヘーゼルカラーで、パッと見は仁王とほとんど変わらないといいなと思ってます。(捏造)(願望)
20190710 お肉