日常編12




「おいジャッカルー、彼女が呼んでるぞー」


A組へ訪れると定期考査前だからか休み時間も机に向かっている生徒が多くいて、その中の一人にジャッカルを呼び付けるように頼んだ。あろうことか彼女呼ばわりだが、それを苦笑いで訂正してからお礼を伝える。
手を上げながら陽気に歩み寄ってくるジャッカルに、腕の中の紙の束を差し出した。


「これ、漢字対策のやつ」

「うお!ほんと助かるわ、サンキュな!」


太陽みたいにニカっと笑って、自作の漢字対策プリントを受け取るジャッカルに、一瞬雨が降っているという事実を忘れそうになる。


「俺英語なら得意だし、苗字もわからねーとこあったら言えよ」

「うん」


これ以上の適任者はいないだろう彼の申し出に、いずれネイティブな英会話でも教えてもらおうかな、なんて思惑してからそれじゃあね、と踵を返す。

その道すがら、廊下の端で座り込んでいる銀色の尻尾を見つけて、ふらりと近寄った。


「何してるの?」


ピクリと肩を揺らしてから、その銀色がゆっくりと振り向く。
鬱陶しそうに歪められた瞼から覗くキラキラの琥珀に私を映し出してから、「紙飛行機」とポツリと言った。何を考えているかは分からないしろ、表情に出やすいのは相変わらずのようだ。


「それ、小テスト……」

「ん。こんなもんはいらん」


床でせっせと紙飛行機を作る仁王がまるで幼稚園児みたいに思えて、なんとなく面白くなってその様子を眺める。
先生方が定期考査対策の為に実施して下さった小テストを、事も無げに飛行機へと変身させていく。その飛行機たちはそれぞれ意匠が異なっていて、ウイング部分の先端が折れている物や、鼻先が平らな物まで様々だ。


「これは柳生」


仁王はその飛行機たちの中から至極スタンダードでシンプルな物を一機飛ばした。それは空気を切り真っ直ぐと飛んで行き、B組を越えてC組のドアの前で着陸した。
レーザービームみたいだな、とぼんやり思う。


「綺麗に飛んで行ったね」

「次は丸井ぜよ」


今度は鼻先が平らに折られた紙飛行機を飛ばす。距離こそ伸びないものの、それはヒュルリと空中で一回転して見せて、そうしてポトリと着地した。
うん、紙飛行機まで天才的だ。


「ほんでこいつは赤也」

「あっ」

「……失敗じゃな」


切原のもじゃもじゃを再現したかったのか、ウイングがぐねぐねに折り曲げられたそれは、仁王の手を離れた瞬間地面へと急降下した。
彼の手から生み出されるそれらが次々と飛ばされる様子になんだか楽しくなってきて、言葉には出さないが「次は次は?」と子供のように新しい飛行機を待ちわびた。


「これで最後じゃ」

「これは誰?」


仁王は私の問いを無視して、見たことのない折られ方をしたそれを飛ばす。それはヒュルヒュルと、どこまでもどこまでも飛んで行き、遠くの方で静かに落ちた。遠すぎるせいかもう白い点にしか見えなくて、どこのクラスまで飛んで行ったのかも分からなかった。


「よう飛んだのう」

「仁王ー!またお前かー!」


向こうの廊下側から、さっき飛ばした正体の分からない紙飛行機を握りしめた教師が叫んでいる。こちらに向かってズンズンと歩いてくるその人を見て、仁王は「ケロケロ」と意味の分からないオノマトペと共に立ち上がる。


「さっきのは苗字さんじゃ」


そう言って、彼は階段の方へと逃げて行った。

仁王がどんな気持ちであれを折り、どんな気持ちで飛ばしたのか分からず、そこはかとなくモヤモヤとした気持ちのままC組に帰れば、柳が不機嫌さを隠さないまま話し掛けてくる。


「仁王と遊んでいたのか?」

「私は見ていただけだよ」


定期考査前に紙飛行機で遊ぶなんて何事か、そんな柳の心の声が聞こえてきた気がして、へらへらと笑って無実を主張する。


「苗字ならば仁王を叱ると思っていた」


そう言って、彼は懐から取り出したノートをパラパラと捲り何かを書き加えた。
確かに、いつもの私ならば先生方の努力の結晶を紙飛行機にして飛ばすだなんて、そんな事をしていたら叱っていると思う。どうしてそれをしなかったのか自分でもよく分からなかった。そう柳に伝えたら、彼は眉間に小さな皺を作る。


「中々データ通りにはいかないな」

「人間の感情なんてそんなものだよ」

「そうか……そうだな」


何に納得したのか、彼は柔らかく笑った。
いつも柳は私のことをよく分からない風に扱うが、なんとなくだけれど、私のことさえ理解できれば彼の私に対する好意が無くなるのではないかと思えた。彼の知識欲さえ満たしてしまえばいいのだ。


「柳、私の事で知りたいことがあればなんでも聞いてね」


もちろんどうしても教えることが出来ない問題が二つ程あるが、それ以外ならばなんでも答えてしまえばいい、この時はそう思っていた。
さっきまで微笑んでいた筈の彼は、珍しくその瞳を露わにし、鋭いそれでわたしを見つめていた。


柳が不機嫌だったのは仁王と遊んでいたことに嫉妬していただけです
20190727 お肉