日常編15



柳にとんでもない爆弾を落とされた翌日。
結局どう足掻いても教室で顔を合わせることになるのだし、合宿中に一瞬気まずくなった時もなんとかなったのだし、と全てを諦め大人しく登校する。


「おはよう苗字、今日はいつもより6分28秒遅いな」

「おはよう。誰のせいだと……」


爽やかに微笑んで挨拶を交わす柳に悪態を吐く。
ただ、"いつもより6分28秒遅い"に少しばかり嬉しさを覚えてしまう。だってそれはつまり、いつも(・・・)があるという事なのだ。私も少しはこの世界に馴染んできたのだろうか。

それから柳とはほとんど会話もなく、滞りなく四限まで終えたので昼食の為教室を出たところで、バタリとジャッカルと出くわした。


「よう!」

「ジャッカルがC組来るなんて珍しいね」


片手を挙げ陽気に挨拶した彼に、私も片手を挙げ返す。柳なら中にいるよ、と付け加えてから歩き出そうとすると制止の声。



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どうやらジャッカルは私に用事があったらしく、彼に言われるがままB組の教室まで来てしまった。周囲から突き刺さる好奇の視線に耐えながら目の前にいるカラフルな三人を眺めると、その中の赤色が口を開いた。


「なんだよ名前は食わねーの?」

「ああ、はい。いただきます」


手を合わせるポーズを取ってから昼食を口に運ぶ。
……いや待て、この状況は一体何だ。

ジャッカルに続いてB組に入ったまでは良かったが、そのまま何故か丸井と仁王が座っている周辺に一緒になって腰を掛けてしまった。恐らくジャッカルは私をランチに誘ったのだろうが、その余りにも人の良い笑みと明るさで私は正常な判断力を失っていたらしい。


「ほんでそん時の丸井の顔、笑い堪えるのに必死だったぜよ」

「あれはしょうがねーだろぃ!」


目の前の三人は周囲の視線など気付いていないかのように歓談を続けている。
あれ?私がここにいる意味とは?


「どうしたんだよぃ、なんか元気ねーじゃん」

「わり、俺が無理やり連れてきちまったからか?」

「ああいや、元気だよ。とても」


B組の空気は最早シベリアと化している。それに気付かぬ彼らじゃないだろうに、さして気にしていないのか、或いは私を試しているのだろうか。
酷く居心地が悪く、かと言って折角誘ってくれたジャッカルにも悪いので曖昧に笑ってからもさもさと昼食を食べ進めていると、仁王がとんでもない事を口走る。


「苗字さんは彼氏いるんか?」


思わず昼食が気管に入りかけて噎せれば、ジャッカルが慌てて私の背中を摩った。


「……ごめんジャッカルありがとう」

「んで?いんの?いねえの?」


呼吸を落ち着かせてからジャッカルに礼を言うと、少し前のめりになった丸井が早く答えろと言わんばかりに急かしてきた。
そもそも私に興味がなさそうな仁王がそんな質問をする事が驚きだし、丸井だけでなくジャッカルまでもが興味深そうに私の答えを待っている事に心底驚愕する。男子高校生はみんなこんなものなのだろうか。そんなに他人の色恋に興味があるのだろうか。


「丸井はどう思う?」

「は?え?」


なんだかそのまま答えるのも癪で丸井にそう聞き返せば、質問で返ってくるとは予想していなかったのか彼は素っ頓狂な声をあげた。


「じゃあジャッカルは?」

「うーん、正直苗字はモテそうではあると思う」


どこをどの角度から見たらそう思うのか。
今までの彼等の反応から察するに、恐らく私は"落ち着いていて大人っぽい女子高生"だと思われているのは間違いないから、きっとその珍しさからモテそうだとか言っているのだろう。


「仁王は?」

「さて、どうじゃろな」

「……なんかごめん」


この三人の内一番他人に興味なさそうな仁王は、俺に振るなと言わんばかりに面倒臭そう顔をして視線を逸らした。本当にごめん。


「名前に彼氏いたら俺と登下校してるのまずいんじゃねーの?ってことでいないに一票」


丸井は自身の体験談からかそう言った。
一般的な高校生の恋愛ならばヤキモチや独占欲が付き物だろうが、大人の恋愛となれば話は変わる。余裕のある社会人は登下校を共にしただけで文句を言ったりはしないだろう。


「相手が大人ならそんなことでヤキモチ妬いたりしないよ」

「えっマジでいんの?」


正直これはチャンスだと思った。
幸村や柳、そして目の前の丸井も私のことを()として見ている節がある。ここで私に恋人がいると勘違いしてくれれば彼等の私に対する気持ちも薄れるだろう。
ただ、出来れば嘘は吐きたくない。


「丸井も早く彼女できるといいね」


私はそれだけ言い残して「ごちそうさま」とB組を後にした。驚いた表情の丸井にほんの少しの罪悪感を抱きながら。
嘘は吐かない。
だけれど違う方法で勘違いを加速する事は出来る。



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それから数日経ったが、あれからチーム青春のグループトークは動いていない。想像していたよりも丸井の気持ちが大きかったのかもしれない、と今更ながらに罪悪感が膨れ出してきた。
もう情報が回ったのか、柳も必要以上に話し掛けてくる事はなくなった。

外では蝉がジーワジーワと煩く鳴いている。
朝のSHRを控えた我が教室はいつにも増して騒がしく、心なしかクラスメイト達の落ち着きがないように見える。
一体何が起こっているのか聞くくらいは許されるだろうか、と隣で静かに読書をしている柳に視線を合わせた所で担任が入ってきた。そうして学級委員の「きりーつ」というやる気のない声が響く。


「今日は席替えするぞー」


担任がそう言うや否や教室内はワアアと湧き上がる。
成る程、先までの喧騒はそれか。一人納得したところで、私もクジを引くべく席を立った。



大人ってずるい
20191202 お肉