転入編06



この学校に通い始めてからもう5日、花の金曜日である。
前の人生では毎日忙しなく、いつの間にか金曜日でまたいつの間にか月曜日になる、その繰り返し。とにかく目紛(めまぐる)しい毎日だった。しかし今はどうだろう。


「苗字さーん、四限自習だってー」

「そうなの、ありがとう」


前の席の女の子が教えてくれたのでお礼を言う。

思い返せば、学生時代というものは毎日時間の流れがゆったりしていた気がする。主観では忙しかったのだろうが、一度社外人を経験すると比較的にゆったりして思える、と言ったところか。

自習と言われてもすぐにやる事を思いつかず、ぼうっとグラウンドを眺めながらこの一週間に思いを馳せる。

言ってしまえば普通だった。普通に高校生活をした。普通じゃないことと言えば隣の席の柳が想像以上のお節介焼きで、何かと転入生である私に気をかけてくれること。
それから。


(幸村精市……)


月曜日のお昼休みのアレだ。
この立海大付属高等学校は中学校とも校舎が隣接していて、マンモス校だから校舎は大きい上にそれぞれが渡り廊下で繋がっている。

つまりあの屋上庭園はそれら校舎の上に位置しているというわけで、そりゃアレだけ広いわけだ。どこぞの公園かと思えるレベルである。

そしてその屋上庭園を屋上庭園にするよう仕向けたのが幸村らしい。本人曰く、基本的に人は立ち寄らないとのこと。それを聞いて酷く残念がった私に幸村がそれはそれは興味深そうにしていたので、青春できない、とだけ言っておいた。

その後幸村がまた来てもいいよ、と言うので言われた通り火曜日以降もあそこで昼食をとり続けているわけだが。何が楽しいのか幸村も一緒に、そう一緒に昼食をとっているのである。なぜこうなった。


「どうした苗字、何か悩み事か?」

「悩みというかなんというか」


隣で幸村精市との奇妙な関係についてうんうんと頭を抱え唸っていれば、それに気づかぬ柳ではない。
私はどうやらあまり表情に出ないらしく(柳談)、珍しいなと言いながらノートに何かを書き込んでいる。こら柳、勝手にデータを取るんじゃないよ。


「学業に支障をきたしてはいけない、なんでも相談するといい」

「それならお昼休み時間ある?」

「今日は生徒会への用事もない。いいだろう」


柳と幸村の関係は当然のことながら知っているが、私は飽くまで知らない(てい)でいる。ポッと出の転入生が知っていたら気持ち悪いだろうし、しかも私が知っているのは紙面上、創作物の彼らであるわけだ。

彼らは確実に目の前で生きているのだ。呼吸もしているし病気にもなる、怪我をすれば血を流す。歳もとる。
それに幸村から聞いた。彼は以前"病気がちだった"と。最初からギラン・バレー症候群に酷似した免疫系の病気なんて患っちゃいない。それを聞いて確信した、ここはパラレルワールドである。

だから私は、創作物である彼らの情報は一切遮断するのだ。



▼▲▼





四限終了のチャイムと共に教室を出る。
勿論向かうは屋上。後ろから柳がついてくる。基本的にどの生徒達も教室か食堂で昼食をとっている様で、屋上へ続く階段の辺りまで来ればもう他の生徒は見当たらない。そこまで来た頃に柳が待て、と静かに言った。


「どこまで行くつもりだ」

「屋上」


屋上、と口にすると心底驚いたように目を見開いた。普段ほとんど目を閉じているから、この表情は新鮮だな、なんてぼんやり考えていると柳は納得していなそうなまま行くぞ、と言う。

そして何故か今度は柳の後に私が続く形で屋上へ入る。まだ幸村は来ていない様だったから、先にベンチへ座り、柳も座るように促した。


「いつもここで昼食を?」

「そう、月曜日から毎日ここ」


なるほど興味深いとまたノートに何かを書き加えている。こら柳、勝手にデータを取るんじゃないよ、と今日二度目の文句を思ったところで屋上の扉が開いた。

幸村は柳を見て少し驚いた顔をしたあと、いつものアルカイックスマイルでこちらにやってきた。


「やあ苗字さん、今日は早いね」

「四限が自習だったの」

「精市、俺は無視か?」

「ごめんごめん。まだ状況が把握できてなくて」

「奇遇だな、俺もだ」


そのまま幸村は当然のように私の隣へ腰掛けてお弁当を食べだした。続いて私もコンビニ産の昼食に齧り付く。
柳はまた何かをノートに書き込んでから、諦めたようにお弁当を取り出す。



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「そういうわけで、悩みではないけどなんでかな、と」

「ふむ」


昼食を食べ終えてから、幸村と毎日昼食を共にしていることが不思議でたまらない旨をざっくりと柳に説明する。
説明してから終えるまで、ずっとノートに書き込みっぱなしでなんだか少し笑える。


「なんでって……なんとなくだよ」


幸村はなんとなくと答える。
なんとなくが一番わからないよ。君がわからなかったらもうこの問題は一生謎のままだ。


「苗字は嫌なのか?」

「別に嫌ではないよ。ただ幸村くらいの人なら他の人が放っておかなそうで不思議なだけ」

「不思議なのは苗字さんの方だよ」

「ええ……」


前の人生では不思議ちゃん扱いなんてされたことがないから不思議と言われても少し困惑する。そんなこと言ったら幸村の方が不思議だろう。


「昨日見たよ。女の子にお昼誘われてたのに、幸村断ってたでしょう」

「あれ見てたんだ」


柳は会話に入らず、我々の会話を聞きながらなるほどとノートと睨めっこしている。時々何か書いてはふむ、と言うだけだ。幸村のデータでも更新しているのだろう。


「苗字さんはそれ見てどう思ったの?」


どうって言われても、モテるんだなあくらいにしか思っていない。この幸村の問いが何を求めているのか理解できなかった。

素直にそう答えれば、ほら不思議だろ?と返ってくる。柳はそうだなと微笑んだ。
待て、私が話について行けてない。やはり今時の高校生は何を考えているか分からない。普通の女子高生はこんな時なんて言うんだろう。


「苗字は他の女子とは違う」


柳から言われた言葉に、一瞬心が読まれたのかと驚いた。


中高の校舎が繋がっているのは原作設定ですが、本来屋上は繋がっていません。
完全捏造違法建築です。
20190512 お肉