「あの丸井」
「丸井」
「丸井ブン太くん」
「ねえ」
「聞いてる?」
スタスタと私の手を引いて前を歩く丸井に何度も停止するように声を掛けるがことごとく全て無視されている。なんて酷い奴なんだ。君の保護者の桑原はどこに行ったんだ。
いない桑原を恨んでいると見えてきたのは部室棟。なるほど、テニス部に連れて行こうってか。
しかし困った。私は知っているのに知らないフリをしている身、正直これ以上テニス部に会いたくない。柳の時は大丈夫だったが、あの
「ここだぜ」
「はぁ」
着いてしまった。
部室棟の一階、どうやらテニス部は6つ分の部室を使っているらしい。通されたここはミーティングルームの模様。教室からここまで結構早足だった為(途中までは丸井をかわす為だが)幸いまだ誰も来ていない。
逃げるなら今だ、とミーティングルームに通されてから丸井が手を離したのをいい事に素早く身体を反転させて扉に手をかけた。が。
「む、部外者は立ち入り禁止だぞ」
「真田!そいつ捕まえてくれぃ!」
「何?!」
ノブにかけたはずの手は空を掴み、開けようとした扉は外から何者かによって遮られた。見上げれば高校生にしては少しばかり大人びた顔の、。
(今度は皇帝のお出まし、か)
丸井の余計な一言で真田弦一郎に腕をガッチリと、それはもうガッチリと掴まれ逃亡失敗。事情を説明しても、しかし丸井が……、と言って離してくれない。
そりゃそうだ、中学から苦楽を共にしてきた仲間と全く見知らぬ女なら、当然前者の言うことを信じるだろう。この堅物め。
「丸井、なんで私ここへ連れてこられたの」
「だってもっと話してぇじゃん」
「そんな理由で……」
そんなってなんだよぃ!とキャンキャン文句を言う丸井はもうこの際無視して、真田に向き合う。
それにどうかしたか?とでも言いたそうな顔をした真田が改めて背筋をピンと伸ばした。皇帝というより武士のそれである。
「ええと、二年C組の苗字です。丸井に無理やり連れてこられました。部活の邪魔になってはいけないので帰ります」
「二年A組真田弦一郎だ。丸井が迷惑をかけたようだな、すまない」
挨拶と事情を言えば、真田も礼儀正しく自己紹介をして、手を離してくれた。
「逃がさねぇ!」
流石運動部、そして男子高校生。
真田が手を離したと思えば今度はまた丸井に捕まった。どうしても今日は見逃してくれないらしい。諦めてその辺にあるパイプ椅子に適当に腰掛ける。丸井は警戒しているのか、私の手を掴んだまま隣のパイプ椅子に腰掛けた。
「真田ごめん、少しの間だけ邪魔するね」
「あ、ああ。今日はミーティングだけだから気にするな」
憐れな、とでも言いたげな真田の視線を感じながら丸井に向き直る。その時またミーティングルームの扉が開かれ、入ってきたのは幸村。入り口で真田と軽く挨拶を交わしたあと、座っている私と目があう。
ヘルプ、神の子。
「あれ、苗字さん」
「え?幸村君知り合い?」
「幸村たすけて」
「俺お昼の事まだ怒ってるからね」
そのまま幸村はプイと顔を背けたまま(なんだこの男子高校生可愛いな)、上座に腰掛けミーティングで使うであろう資料をテーブルにドサリと置く。続くように真田もその隣に腰掛けた。
「幸村ごめん、私だって真っ直ぐ帰るつもりだったの」
「なのに丸井となら来るんだ」
「無理やり。ね、丸井」
「だってこいつ逃げようとしてたんだぜ」
未だに何故連れてこようと思ったのか分からない丸井に、そのまま不貞腐れてる幸村、なんとなく状況が分かってきたのか口を挟まず見守る姿勢の真田、これはどうしたらいいのだろう。
丸井の動機は逃げようとしていた、っぽいから一旦置いておく。
ずっと不貞腐れている幸村は非常に可愛いのだけれど、だんだん申し訳なくなってきたので一先ず機嫌を直してもらうことにする。
「幸村ごめんて」
「やだよ。それにずっと丸井と手繋いでる」
「ほら丸井、離して」
「幸村君聞いて!こいつ手放すとすぐ逃げようとすんだよぃ!」
逃げないから、と言えば恐る恐る手を離す丸井。そしてもう逃げんなよぃと釘を刺される。降参のポーズを取ればずっとむくれてた幸村がホッとした顔になる。
男子高校生ってこんなに可愛いのか。いけないいけない、未成年淫行だ、と慌てて思考をフラットに戻す。
「ほらミーティングなんでしょう?私帰っていい?」
「いや、苗字さんにもいてもらうよ」
「なぜ」
「じゃあいてくれたら昼間の件は許してあげる」
ハアと大きく溜め息を吐く。
丸井は昼ってなんのことだよぃ!と聞いて来たが、私はなんだかこれからとても嫌なことが起きそうな予感がして答える気にもならず、ミーティングルームの天井を仰いだ。
可愛いと思うだけなら未成年淫行ではないです
20190512 お肉