胎動





白石の腕の中、彼から漂う仄かな甘い香りに目眩がする。部活後なのに汗の匂い一つさせず、柔らかい香りに包まれる。地に足がついていないような、フワフワと浮いているような感覚だ。


「ええか、あいつらは苗字さんに彼氏がおらんからお互い牽制しおうてんねん」


まるで内緒話をしているかのようにそっと耳元で囁かれる。少し擽ったい。


「彼氏出来たらどうなると思う?」

「……わかん、ない」

「パッタリ喧嘩なくなるで」

「でも、それ白石じゃなくても、」

「あかん。どこの誰かも分からんような奴やと逆に邪魔しようと躍起になるやろな」


つまり白石の言いたい事はこうだ。私の恋人が白石なら、黙って行く末を見守ってくれると。二人の言い合いは私が原因だと。でも、それだと。


「まるで私のこと好きみたいな言い方じゃ、」

「二人とも苗字さん狙うとんのやで?あんなけアタックされて気付かへんの?」


嘘だ。
そう言おうとしても言葉に出来なかった。思い返せば恋人以外と手を繋ぐ意味もないし、それに嫉妬するように止める必要もない。客観視すれば私の取り合いともとれる。恥ずかしい事に。


「苗字さんは二人に仲良うしてもらう為、俺は部内の不和を改善する為」

「協力関係ってこと?」

「そや、win-winっちゅうこと」


理解は出来た。
出来たが、それは彼らに嘘を吐くということになる。想像しただけで既に罪悪感に押しつぶされそうだった。


「でもやっぱり……」

「ほなら最初はお試しでどや?ほんまに無理やったらやめたらええ。もちろんお試しっちゅうんもあいつらには秘密にせなあかんで」

「……うん、それなら」


白石は抱き締めていた腕を降ろし私と手を繋ぐ。もしろん指を絡める恋人繋ぎだ。


「決まりやな」

「白石がリードしてね?」

「ほなまずは呼び方変えな」

「蔵ちゃん?」

「なんか語呂悪ない?」


うーんと考える白石。


「普通に呼べへん?出来ればくん付けがええわ」

「じゃあ蔵ノ介くん」

「それがええな、名前ちゃん」


恋人ごっこの筈なのに、名前を呼ばれただけでなんだかむず痒い気持ちになる。
家まで送ってもらい、今まで交換していなかった連絡先を教え合った。明日もマネのお手伝いをするが、これで謙ちゃんと光ちゃんが仲良くなってくれたらいいなとぼんやり思った。




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201906 お肉