あやふや




「俺と恋人ごっこせえへん?」


自分でも何故こんなことを言ったのか、何故こんな事をしたのか分からなかった。ここまでする必要はないと思っていた。相手は友人と後輩の好きな人で、今までもこれからも見守るだけのつもりだったのに。

部活中険悪な二人に手を焼いていただけだ。彼女が思い詰めているのが見ていられなかっただけだ。辛そうにする顔を見たくなかっただけだ。これは恋ではない。断じて。

腕の中に閉じ込めた苗字さんは想像以上に小さくて、女子特有の柔らかさに気が持っていかれそうになる。不安そうな顔で俺を見つめないでくれ。


「でもやっぱり……」


恋人ごっこ。偽りだ。
優しい彼女の事だから、謙也や財前だけではない、周りを巻き込む嘘を吐くのが心苦しいのだろう。でもあと一押しすれば崩れそうで、そうなれば崩さずにはいられない。


「ほなら最初はお試しでどや?ほんまに無理やったらやめたらええ。もちろんお試しっちゅうんもあいつらには秘密にせなあかんで」


そう言うと彼女は少し思案した後に小さく頷いた。彼女には伏せたが、謙也と財前以前に、女除けになるというのが一番の理由だった。
こうするのが最高効率だった。無駄がない。それだけだ。


「決まりやな」

「白石がリードしてね?」


抱き締めていた腕を緩めれば、さっきまでの温もりにほんの少しの名残惜しさを感じて、そのまま手をとり指を絡ませた。
リードしてね?なんて小首を傾げてそう言う彼女に心臓が貫かれたような気分になる。いつかも先生と呼ばれて同じような気分になったことがあったなと思い出す。


「蔵ちゃん?」


呼び方の話になるが、あいつらと同じ呼ばれ方なのはなんでか癪だった。そうとは言えず、語呂が悪いからと誤魔化して、何が良いかを思案する。


「普通に呼べへん?出来ればくん付けがええわ」


基本に忠実。これが大事。
名前だけでも良かったが、そういえば彼女がくん付けで呼んでいるところを見たことがない。興味があっただけだ。別に優越感が欲しい訳じゃない。それに恋人ごっこなのだから恋人らしくしなければ。


「じゃあ蔵ノ介くん」


たくさんの言い訳を思い浮かべていたが、彼女の口から確かに発せられたそれに心が鷲掴みにされたような感覚に陥る。
彼女の貴重な呼び方に特別を感じてしまって、やっぱりあの二人に対して優越感を覚えてしまった。許せ友よ。


≪ええか苗字さん、恋人やあれへん男の言うことホイホイ信じたらあかんで?≫


いつか彼女に言った言葉が頭の中でリフレインする。それってまさに俺のことやないか、と自嘲気味に笑った。




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201906 お肉