鬼胎
名前ちゃんから来たメールを見て、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
『恋人ごっこしてるの謙ちゃんに知られちゃった』
手っ取り早い女除け、ついでに謙也と財前が部活中だろうと関係無く揉めてる様子に手を焼いていたからと始めた偽りの関係、それが早くも終わろうとしていることに焦りを感じたのだ。
思えば最初から名前ちゃんに惚れていたのかもしれない。友達の恋路を見守るポジションだって、近づけば近づくほど彼女に入れ込んでしまいそうで、だから本能的に避けていたのかもしれない。
震える手で謙也に電話を掛ければ、コール音はすぐに途切れる。
『なんや白石、今ええとこやねん』
ええとこってなんやねん。
少し機嫌の悪そうな謙也の声が耳に纏わりつく。
「名前ちゃんと一緒におんねやろ」
『おうおんで。代わろか?』
自分でも驚くくらい低い声が出ていて、ああ俺は本当に彼女にハマってしまったのだな、と自嘲気味に笑う。
「名前ちゃんに話したいことあるんやけど」
『はあ?ほならなして俺にかけて、』
「謙也の家やんな?すぐ行くわ」
『あ、ちょお待ち!勝手に、』
謙也の返事も聞かずに通話終了ボタンを押した。
こいつにも色々と言いたい事があるが、何よりも早く彼女に会いたかった。
妹に「少し出てくる」と声を掛け家を飛び出した。
▼▲▼
謙也の部屋は中学時代からほとんど変わっていない。いつもと違う事といえば、端の方でちょこんと座る名前ちゃんの姿だ。こいつの部屋に女の子の姿はそぐわない。
「やっほー蔵ノ介くん」
俺が部屋に入るなり、困ったように笑いながら小さく手を振る名前ちゃんに、俺も手を挙げて返す。そうして彼女の隣へと腰を下ろした。
「ほんまなんやねん」
「そらこっちのセリフや。人の彼女たらし込んで部屋連れ込むとか謙也もえろうなったな」
「彼女ちゃうやんけ」
早速正面に座る謙也が苛立ちを隠さず言ってくるので、言い返してやればピシャリと突っ込まれて言葉が詰まる。
そうやんな、彼女ちゃうやんな。
「蔵ノ介くんごめんね」
「君が謝ることちゃうで?元はと言えばいつまでもウジウジしとるこいつがあかんねや」
恐らく謙也にバレてしまった事に対する謝罪なのだろうが、そもそも嘘を吐くのが得意じゃない彼女の事だからバレるのは時間の問題だった。
それよりも、知った癖に平気そうにしている目の前の謙也の様子が気になって、先の仕返しとばかりに皮肉たっぷり込めて言えば「うっ、白石その話は」と慌て出す。
「そうだ謙ちゃん、さっきの話の続き」
「あ、ああ、そやな。なあ白石」
「なんや」
二人が改まってこちらを見るのでなんだか居心地が悪かった。謙也を見るのがなんとなくむかつくから、視線は名前ちゃんに合わせる。
「付き合うとるフリ、やめんでええで」
「は?」
謙也から確かに発せられたそれに、俺の思考回路が止まる。バレてしまったのならやめる他ないと考えていたから、思わぬ発言に柄にもなく声が裏返る。
そんな俺の様子に名前ちゃんが気付いたのか補足を入れてくれた。
「学校中噂だらけでしょ?別れたってなったら私が虐められるかもって」
彼女は嬉しそうに「謙ちゃんが言ってくれたの」と言うが、なんだか釈然としなかった。謙也が言うことは尤もで、今や俺と彼女が付き合っているというのは周知の事実であるし、別れたとなれば女子生徒の標的になる可能性は高かった。
しかし、。
「謙也、お前それだけとちゃうやろ」
「ほんまに白石は鋭すぎてかなわんわ」
いつものように明るく笑っているように見えるが、何を考えているかまでは分からないにしろ、得体の知れない薄気味悪さを感じた。
「ま、それは今ここで言うことちゃうわ」
謙也はそう言って名前ちゃんの方をチラリと見遣った。なるほど、彼女がいると言いづらい内容か。
そろそろ遅くなる時間だからとここでお開きとなったので、謙也には後で電話すると伝え、俺は名前ちゃんを家へと送り届ける。
いつもなら手を繋いで帰るのに、バレてしまったからか今日はそれが出来なくて、でもなんて事なさそうにしている彼女を見たら酷く寂しい気持ちにさせられた。
「蔵ノ介くん、いつもありがとね」
「可愛い彼女を送り届けんのは彼氏の役目やで」
俺だけがこんな気持ちなのが悔しくて、それを誤魔化すようにいつものように言ってみれば、彼女は少し驚いた後もう一度ありがとうと言った。
今更この関係やめろって言われてもやめられへん、もう後戻りできひんとこまで来てしもたんや。
「あの、そういう事だから、これからもよろしくお願いします」
家の前まで来た頃に、彼女が恥ずかしそうにぺこりとお辞儀をするので目を見張った。確かに謙也にはやめなくていいと言われたが、改まって"お願い"された事に驚いたのだ。
抱き締めたりキスしたり、好きだと言い合ったり、それらの行動に彼女の気持ちが伴っていないことなんて気付いていた。謙也と財前の仲を取り持つ為に嫌々フリをしているんだと思っていたから。
「俺こそ、これからもよろしゅうな」
ずっと、と言いたかったけど今度こそ彼女を困らせてしまいそうなので言うのはやめた。
"偽りの"というフレーズはまだ剥がせそうにないが、今後も名前ちゃんに触れていいんだと直々に許されたような気がして、さっきまでキシキシと痛んでいた胸の奥がじわじわと暖かくなるような感覚を覚えた。
▼▲▼
「さっきの説明しいや」
寝る前に謙也に電話をかける。
軽く挨拶を交わして早速本題に入れば、電話の向こう側から困ったような笑い声と小さな溜め息が聞こえてきた。
「俺は謙也が何考えてんのかたまによう分からんくなんねん」
『俺かて白石が行動起こすとは思わへんかったで』
「一番無駄がなく効率的だっただけや」
早く告って付き合ってしまえばいいと言ったのは紛れもなく俺だから、謙也がそう思うのは当然だった。
それでも俺の生まれたての恋心を隠すように"無駄がない"と言い訳すれば、それを見透かしたようにハッと笑い飛ばされる。
『名前ちゃんはお前の事好きやあらへん』
「……せやんな」
そんな事はお前に一々言われんでも分かってんねん。
『財前にはこの事言わせてもらうで』
「好きにしいや。そやけどなんでこうなったんかは、」
『あいつにもよう言うとくわ』
俺の言葉を遮って、心配ないとでも言いたげなトーンでそう返してきた。元々二人が彼女の前で揉め出したのが問題なのだ。
分かっているならばそれでいい。
『俺はこれから名前ちゃんに付け入るで』
謙也の宣戦布告に言葉を詰まらせれば、「白石がしたようにや」と付け足してきた。俺が困ってる名前ちゃんに付け入ったように、こいつも罪悪感を覚えているであろう彼女に付け入るのだろう。
二人のせいで始めた恋人ごっこが早くも二人にバレてしまい、さらにはこの関係が脅かされるかもしれない事に、不安という二文字が重くのし掛かった。
酷く居心地が悪くなり、適当に挨拶をしてから電話を切った。電池が切れたかのようにぽすんとベッドに倒れこむ。
「誰にも渡さへん」
俺の呟きは部屋の空気に馴染んで溶けた。
_____
201907 お肉