予兆
7月のとある夜。
都立吉ノ宮高校の2年生は客船フリージア号に乗船し、4泊5日の修学旅行に向かっていた。
目指すは八丈島。温泉や絶景スポット、更には海でのアクティブが楽しめる修学旅行先は生徒達の浮き足立つ心に拍車を掛けるには十分な要素が詰まっている。
夜の船という非日常な環境下もあり、生徒達の盛り上がりは最高峰に達していた。
「ちょっと高崎!あんた今私のルイを変な目で見てたでしょ?」
「ハアッ!?テメッ…!!別に変な目でなんて見てねーよ!」
「ウソ!ルイが荷物取るのに前屈みになった瞬間あの子の後ろ姿をエロい目で見てたクセによく言うわ」
「うるせーな、見てねぇったら見てねーンだよ!大体なんでオレだけ名指しなんだっつーの」
少しばかり制服を着崩した女子生徒・市原梨帆は不良グループの一人である高崎光博を咎めるような目つきで見つめた。
言わずもがな、彼女の親友であり学園一の美少女とも噂される王城ルイを邪な目で見ていたからだと言う。
現に市原の言った内容に間違いはなく、高崎は荷物を取ろうと前屈みになったルイの後ろ姿に釘付けだったのだ。
ただでさえ短いスカートが、前屈みになった事で余計に際どいラインまで持ち上がり、あと一歩で待ち望んだ光景が見えそうだと期待していた所で市原に声を掛けられたのだから言い逃れるのはきっと至難の技だろう。
「そんなの当たり前でしょ あんたがルイのコト好きだって気付いてないの、このクラスじゃあの子本人ぐらいなんだから」
「…っ!バカ女!声がデケーんだよ!ちったァ静かにしやがれッ」
「プッ!ほんと、学校では問題ばっかり起こすクセに変なとこで小心者なのね!アンタって」
「仕方ないよ市原さん。だってミッチー、こんな顔して王城さんが初恋なんだもん」
「そうそう、顔に似合わず叶う可能性が皆無にも等しい高嶺の花に初恋捧げちまったんだ。妄想ぐらい許してやれ」
高崎と特に仲の良い友人である太一と赤城の言葉に市原が口元を手で押さえながら笑う。
一方、高崎の額にはピキッとこれはこれは立派な青筋が浮かんだ。
「テメー市原、それ以上減らず口叩きやがったら…」
「きゃー!ルイ助けて!高崎が…!!」
「ハッ!?おい…!!」
唐突にルイを呼ぶ市原の声に焦る高崎。
しかし時が止まる訳もなく、向こうの方から市原の悲鳴を聞きつけたルイがバタバタと走り寄ってきた。
「梨帆…!どうしたの?大丈夫?」
「ルイ…!うん、大丈夫。ごめんね、虫がいてびっくりして叫んじゃった」
「そうだったんだ!――あ!もしかして高崎くんが退治してくれたの?」
走り寄ってきた際にふわっと鼻を掠めたいい匂いだったり、走ったせいで上下に大袈裟なほど揺れる発育の良すぎる胸だったりに目が行っていた高崎は、突然キラキラとした瞳が自分の方を向いたかと思うと、笑顔でそう問いかけられ柄にもなく硬直した。
「は?!あ、いや……!退治っつーか別にオレは…」
「そーなンだよ王城 困ってる市原をミッチが男らしく助けたんだぜ」
「そ、そーそー!あーカッコよかったなぁ困ってる女の子を助けるミッチー!」
赤城の高崎上げにすかさず太一が合わせる。
友人としてやはり叶う望みが低いと分かってはいても恋の手助けをしてやりたいのだろう。
市原はというと、何も言わず話を合わせてあげている様子でありながら、やれやれと頭を振った。
そんな彼らのおかげもあり、ルイは高崎が親友を助けてくれたと信じ切ってふにゃりと破顔した。
「わぁ!やっぱりそうだったんだ。梨帆を助けてくれてありがとう、高崎くん!」
「…ッま、まぁ困ってる女子は放っとけねーし……なんならお前の事はもっと放っとけねーってか…」
「え?なんて―― わっ!!」
言いながら照れて言葉を濁す高崎にルイが身を乗り出して聞き返そうとした瞬間、船がグラッと一瞬大きく揺れた。
「おわっ!大丈夫かよ王城……ッ!?(腹にナンカ当たって…)」
むにゅっと、高崎の腹のあたりに当たった柔らかな二つの特大マシュマロ。もといルイの胸が彼の思考回路を一瞬にして断ち切った。
「わー…びっくりした!あ、ゴメンね高崎くん!なんだか抱きつくみたいな形になっちゃって おかげで転ばずに済んだけど重くなかった?大丈夫?」
心配そうに下から高崎を見上げるルイに、問いかけられた当の本人はまるで石像の様に微動だにせず硬直したままで――
「高崎く――!あ!梨帆、どうしたのいきなり手引っ張って」
「いーから!あっち行こ!そろそろ眠くなっちゃった」
「もう?フフッ!梨帆ったらあれだけ修学旅行楽しみにしてたのにペース配分考えないなんておっちょこちょいなんだから」
「だってルイと4泊も一緒だと思ったらついはしゃいじゃって」
「えへへ、実は私も梨帆との修学旅行楽しみで夜更かししちゃってたから少し眠かったんだ」
「やだ可愛い!よーし!そうと決まれば明日に備えて今日は早めに寝よう!寝室に行くぞー!」
「おー!」
ルンルンと女子同士手を繋ぎながらルイと市原が去った後、微笑ましい雰囲気がまだ周りに残っている中、赤城は未だ動かない高崎を目にしてギョッとした。
「おいミッチ、お前鼻…」
「わ!ミッチー大丈夫!?ティッシュティッシュ!」
未だ茫然としながらお約束とばかりに鼻から真っ赤な血を流す高崎に慌ててティッシュを差し出す太一と無言で高崎の肩に手を置く赤城を、ルイを連れて行った市原がこっそり見て吹き出していたのはまた別の話。
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