MONSTER-02
「君のことも好きになっちゃいそう」
会話の流れからも、秋ちゃんの雰囲気からも、すべての構成要素が恋愛感情ではないということを指し示しているのに、僕の心臓はこれ以上ない程の心拍数を叩き出した。
秋ちゃんといえば、「もし十四松の好きな人のことで困ったことがあったら協力するよ」と言って、何事もなかったかのように去って行った。僕の分の飲食代も支払っていくというスマートさを見せながら。男の矜持なんて元々あるようでないようなものだけど、自分の気の利かなさにうんざりする。
胸の高鳴りと自己嫌悪に襲われながらも家に帰ると、普通になった十四松が「おかえりー」と出迎えてくれた。
いや、確かに十四松は普通になったけど、僕にとって普通の十四松というのはおかしな言動の十四松が普通なのであって…。
「あれ、今日は猫と遊んでないの?」
「え、あ、猫?」
"普通"と"十四松"がゲシュタルト崩壊しかかってまともな反応が出来なかった僕に、十四松は「だって」と言葉を続ける。
「兄さんのパーカーに猫の毛ついてないから」
「ああ、うん。今日は行ってない」
「珍しいねー」
そう言って雑誌に目を落とす十四松に、秋ちゃんのことを話そうと口を開いて、閉じて、それを数回繰り返して、やっと僕の声帯は仕事を果たした。
「秋ちゃんと会ったんだけど、お前に好きな人ができたってこと伝えたら協力してくれるって。俺たちクソ童貞だから女の子のことなんかわからないし、何かあったら秋ちゃんに相談すればいいんじゃない?」
やましいことなど何もないから話せばいいのに、それを口にするのにはかなりのエネルギーが必要だった。
まるで一仕事終えたかのような疲労を感じながら部屋の隅に座り込んで、そこで僕は十四松がこちらを凝視していることに気が付いた。
「な、なに、十四松。怖いんだけど」
「一松兄さん、秋ちゃんに会ったの?」
「う、うん…」
「秋ちゃん、何て言ってた?」
「…さっき言ったじゃん。女の子のことなんて俺たちわからないし、秋ちゃんに言ったら協力してくれるって」
「そっかー」
十四松は伸びきったパーカーの袖を口元に持っていってうんうん唸った後、勢いよく立ち上がった。
十四松のいきなりの行動に驚きすぎて肩が跳ねる。肩どころか尻まで浮かんだかもしれない。
「僕ちょっと秋ちゃんのところ行ってくるね!」
「秋ちゃん、あの後どこ行ったかわからないんだけど…」
「いつも月末は実家に戻ってるって言ってたから家にいると思う!」
え、スケジュール把握済みなの?もしかして僕が思ってたより仲良かったりする?
呆然とする僕を置いて、十四松は「行ってきまーす!」と元気よく部屋を出て行った。
十四松を見送った僕は、静かになった部屋で縮こまるように両膝を抱えて、そこに顔を埋める。
十中八九、というか確実に秋ちゃんは十四松に好意を伝えていないだろう。恋愛感情ではないにしろ、好意を伝えたらきっと十四松はそれを隠せない。チョロ松兄さんだけではない、クソ童貞はチョロいものだと思い知らされた。ソースは先程から今にかけて、正しく現在進行形での僕自身。僕と十四松は随分中身が違うが、そのあたりは一緒だと思う。意識しまくるに違いない。だから十四松が今まで秋ちゃんと普通に遊んだりできているのは、秋ちゃんが十四松に好意を伝えていない裏付けになる。
秋ちゃんが十四松に好意を伝えてないのならば。あの感情を出していないのならば。
"あの"秋ちゃんを知ってるのは、きっと僕だけだ。
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