味気のない食事を一人でするのも、もう何年目だろう。
食卓に並ぶ食事は彩り鮮やかでバランスの取れたものだった。一見するととても美味しそうだが、口にすれば味は感じず、咀嚼する度に硬いか柔らかいかの違いしか分からない。
味を楽しむことが出来ない食事とはただただ無駄な時間を過ごしているようで好きにはなれなかった。でも、食べることは命を繋げること。
だから、食べないという選択肢は頭の中にはなかった。もぐもぐ、ごっくん。よく噛んでから、きちんと飲み込んで。それを繰り返して、皿を空にしていく。
食事を終え、食器を片付けた。家の中の掃除に取り掛かる。時計の針は朝の八時を指していた。土曜日は学校が休みだからゆっくり家のことが出来た、まず洗濯物を干そう。
それから掃除をしよう。それから、買い物にも行って、その後の予定は―――。
『ジウさん、今回もお手柄でしたね!』
『そんなことはありません。しかし、周りにいた方々に怪我がなくて本当に良かった』
不意に耳に入ってきた声に無意識に私の視線は画面へと向けられた。
画面の向こうで微笑む、優しく聡明な印象を与える男性。赤格子時雨はヒーローだ。そして、私のお父さんでもある。
この家には私とお父さんが住んでいる。けど、お父さんはヒーローで多忙な人だから家に帰ってくることは殆どない。
最後に面と向かって言葉を交わしたのは何カ月前の事だろう。テレビの画面からは3日に一度のペースで声は聴くのに、不思議な感覚だった。
それに、私とお父さんは血は繋がっていない。私は5年前にある事件に巻き込まれ、それ以前の記憶がない。どういう事件に巻き込まれたかも分からず、気付けば病院のベッドで目が覚めたのは覚えている。何人もの刑事さんやヒーローが私の病室を訪れ、話を聞こうとしていたが何も覚えてないのだから話しようがない。その度に苛立ちや呆れ、憐れみの反応を向け、同情するような言動。ある日は、その感情を隠さずにぶつけてくる人もいた。そのヒーローは、身内をこの事件で亡くしたかもしれないと言っていた。
意味もなく、理由もなく胸の中がもやもやした。息をするのが難しくてなって、俯いて、無意識に謝罪の言葉が形となって零れていた。
ヒーローは私を助けてくれた。
でも、自分の都合によっては傷付ける存在だと知った。今となっては、遠い昔のこと。その事件の犯人は捕まり、既に解決済みらしい。だから、気にすることなんて一つもない。
いや、今もっとも気にしなければいけないことがあった。
赤格子夕霧は中学三年生だ。そろそろ進路のことを決めなければならないのに、進路希望は未だに白紙のまま。なりたいもの、未だ見つからない。ヒーローの息子はヒーローに、ヒーローの娘はヒーローになんてレールには乗りたくなかった。
開けた窓から入り込む風が頬を撫でる。5月の日差しは温かく、空気は少し寒かった。
回した洗濯機のロックが外れる音がして、洗濯が終ったことを告げるアラームが響いた。
『速報です。午前7時、××××事務所付近の路地裏でヒーローが殺害されているのを通行人が発見しました。犯人は現在も逃亡中、付近にお住まいの方は不要な外出は避けてください』
そういえば、私がヒーロー殺しと出逢った話もしないといけない。
けど、それはまた今度にしようと思う。
画面を指先でなぞった。速報で流れた文字、貴方の存在が静かに世界に広がっていくのを感じた。
嗚呼、貴方に会いたい。