敵からは距離があった。攻撃パターンを観察すれば、広範囲への一撃必殺。放電の個性の持ち主のようだ。
遠距離攻撃の可能性はあるも、これだけ地面を割って遮蔽物が多いなら電気がこちらまで届く可能性は低い。周囲を見渡せば、崩れ落ちた瓦礫の隙間から千切れた黄色のハーネスに見え、すぐさま駆け寄った。
重なり合った看板を退かせば、血で汚れた上半身が現れる。
「シオくん…」
まだ息があり、短い呼吸を繰り返す。必死に生きようとしているのが分かった。助けないと、この子を生かさないといけないと思った。それからは無我夢中だったと思う。
「君を待っている人がいるのっ」今助けるから。
もう良いよ。
逃げて。危ないから逃げて。
僕は大丈夫だから。もう、いいから。
犬の言葉なんて理解出来ない。そんな個性持ってない、でも他人から見ればそう言っているようにも見えたらしい。
もう良いなんて言わないで。諦めないで。君の大事な人には君が必要なんだから、君がいないとだめなんだから、君じゃないとだめなんだから。
それに応えてくれたのか、君は大きな声で吠え始める。何度も何度も、血を吐きながら、大空に届くような声で吠え続けた。
「そこで何をしてるんだ!?」必死に瓦礫を退かす中、一人のヒーローが私の存在に気付いた。
そして、駆け寄ったヒーローは状況を確認した。理解した上で、一つの判断を下す。
「飼い犬には申し訳ないが、人命優勢だ!」
お腹に回された丸太のような腕で私を軽々と持ち上げる。役目を果たそうとした彼は、遠ざかっていく私に、静かに笑っていた気がした。
生きて、と言ってるようだった。―――――――――――ありがとうと言われた気がした。
そして、事件は終息へ向かう。
敵の逮捕、事態の収集、病院へ運ばれる怪我人達、メディアが押し掛ける喧騒を聞きながらに私は、私を助けたヒーローに頭ごなしに叱られていた
「どうして馬鹿な真似をした!あそこにはヒーローが沢山いた、君が行って何が出来たっていうんだ!?一体何がしたかったんだ!!無謀なことをして、もしも君に何かあったら親御さんが悲しむだろっ」
肩を掴まれた。自分の持てる感情全てをぶつけるヒーローを見上げた。
その感情ばかりをぶつける男の気迫に私はただただ怯えることしかなく、俯いてしまう。小さく漏れた、ごめんなさい、の言葉。
「少しいいですか。伺いたいあるんですが」
「あ、はい。ヒーローでもないのに、これからは危ない事するなよ」
警察官がヒーローを呼んだ。きっとあまりにも強い言葉に見兼ねて、助け舟を出してくれたのだろう。耳の奥に残る怒声、掴まれた肩が痛かった。
視線を救急車の方に向けると、隊員に手当されてるあの人がいた。傍にはヒーローがいて、「もう大丈夫ですよ、助かって良かったですね」と声を掛けていた。
彼女は曖昧に、痛々しく笑った。その顔を見た瞬間、私は呼吸を忘れた。
土埃で服は汚れ、袖には少しだけ血がついていたが怪我もしていないとのことですぐに解放された。
外は夕暮れ色に染まり、皆早足で帰路に着く。胸に残る蟠りに、私は走り出した。
苦しい。悲しい。救えなかったことに、助けられなかったことの後悔。泥の中に沈んでいくような感覚。
息が出来なくなって溺れていく。あの人にとって、あの子の命の価値とは自分の半身のようなもの。それを蔑ろにして、助かって良かったねと笑うヒーロー。
「命を価値をどうして人が、人如きが決めていいのでしょうか」言葉に出来なかった。
飲み込んだ言葉の重みが私を泥の底へ、引っ張る。
走って、走って、息を切らして、肺が焼けるほど走って、小石に足を取られる。
思い切り地面に足を擦りつけた。膝を摩り下ろされた気分だった、どくどくと溢れ出す鮮血。地面を汚す。足を引き摺りながらも、ある場所へ向かっていた。
「…………」
ヒーローになりたかったわけじゃない。
私はあの人を助けたかった、あの人の大切にしていたものを助けたかった。
それだけ。