ヒーロー殺しステインが赤格子夕霧と出逢ったのは二年前のことだった。
粛清対象となる人間を殺害し、現場を立ち去ろうとした時のこと。自分と対象者以外存在しないと思っていた空間に突然現れた異物。
純白の学生服に身を包んだ少女がこの路地裏に現れた。黒真珠のような静かな輝きを放つ黒髪、なんの穢れも知らない透明度の高い琥珀の瞳が静かにこちらを見ていた。

血で濡れた切っ先を喉元へ向ける。薄く開いた唇が僅かに震えているように見える。
だが、その眼には何も恐怖も怒りも、憎悪も何も映ってはいなかった。今まで粛清したヒーローの関係者ではないことは明らかだ。
ここで、子供は自分にとって想像しえなかったことを口走ったのをステインは今でも覚えている。
「………どうして、」震えているように見えた唇は、必死に言葉を紡ごうとしていた。問われるのは初めてだった。



その言葉はどうしてこいつを殺したか、という問いか。
それとも、どうしてこんなことをしているのか、という問いか。静かに目を閉じ、自分に問い掛けるように答えた。




「全ては正しき社会の為に、」

刀を下ろし、現場を立ち去る。その子供がどんな目を俺を見ていたかは知らない。
もしも、あの問い掛けの意味が後者であるならもう一度会うこともあるだろう。








ネオンの文字が浮かび上がる猥雑な街を抜けると、一気に人気と街灯がなくなった。一寸先も見えない闇に包まれた街並みが広がり、目が慣れれば薄っすらと浮き上がる輪郭。
見慣れた道、入り組んだ路地を何度も曲がり、奥へ奥へ進んでいく。辿り着いた先には古びた三階建てのマンションがひっそりと存在していた。
窓は割れ、カーテンは破け、外壁を這う蔦科の植物が見事なまでに生い茂っている。
廃墟、今にも何か出そうな場所だと思った。ギィッ、と軋んで今にも崩れそうな鉄製の階段を上がり、最上階の部屋へ向かう。



扉を開けた瞬間、室内の違和感に気付いた。それは空気だった。
数日間戻ってなかった室内は淀んだ空気が満ちるもの。しかし、室内の空気は淀むどころは清浄である。窓が開いていた。

部屋は荒らされていない、土足で踏み込まれた様子もない、なのに希薄だが何かの気配を感じる。
こんなことをするのは一人しかいなかった。靴を脱ぎ、姿の見えないそれを探した。

それは案外早く見つかった。薄汚れた子供はソファーとテーブルしか置かれていない部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。
こちらに気付いた子供は顔を上げる。随分と汚れた姿だな、いつもの身綺麗にしているのにどうした。言葉にして問い掛けはしない。その子供の前で膝を折り、その顔を見詰めた。


「泣いたのか」
「……、…」

くしゃりと顔を歪め、泣き出すその子供を美しいと思った。



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