子供の涙は汚れた袖で拭われ、不自然なまでに下手くそな笑顔で俺を迎えた。
おかえりなさい。それから、

「…お邪魔してます」
「見れば分かる」
「…えっ、と……き、今日はですね、えっと…突然きて、ごめんなさいっ」
「構わんといったのはこちらの方だ」
「…そ、そうでしたね………っ、あの」

無理に会話を繋ぎ、必死に言葉を手繰り寄せては無意味に消える。
春らしい色のカーディガン。その袖の汚れは変色しているが血のように見えた。そして、白いワンピースの裾を汚す赤色。椿の花のように散った赤。
膝から流れていたであろう乾いた血の筋、視線に気付き、裾の中に足を入れて隠してしまう。

「この血はなんだ」
「…!」
「怪我しているなら見せろ」
「大丈夫です、してませんっ」

裾を捲り上げようとすれば、夕霧は裾を押さえ、必死に嫌々と首を振り抵抗する。これほどまでに抵抗するのなら、何か遭ったのかと勘繰ってしまうのは当然だろう。しかし、頑なに口を開こうとしない夕霧に小さく溜め息を吐いた。何か遭ったことは間違いない。無理矢理暴くことは容易い。腕を掴み、引き寄せ、白い首筋に歯を突き立てればいい。柔らかい肉を裂き、そこから溢れる血を啜れば、簡単にその体を暴くことが出来る。

だが、それは今必要ではない。



「なら、その格好を何とかしろ」

立ち上がり、自分の身に纏う武装を解いていく。夕霧も冷静になったのか自分の状態を理解した。
よろめきながらも立ち上がり、足を引き摺りながらも浴室へ向かう。明かりの灯らない浴室からシャワーの音がした。





「お風呂、ありがとうございました…」

黒真珠の輝きを取り戻した頭、熱で血色を戻した肌、気の抜けた表情はいつものように笑みを浮かべていた。
そこに泣いた跡等微塵も感じさせない柔らかな表情があり、安堵の息を吐く。






入れ替わるように浴室に入り、数日間の垢を落とした。水で張り付く髪が鬱陶しいが、自身で着るのも面倒だった。頭を拭きながら室内に戻れば、窓の前に座り込み月を見上げる夕霧が目に入った。
はらりと落ちた襟から覗く肌色、長く伸びた髪は青い影を落とす床を泳ぐ。


しかし、問題はそこではない。
落ちた先の剥き出しになった肌を染める青い花弁の痕。

「脱げ」

目を見開き、振り返る夕霧。

「服を脱げ」

有無を言わせない物言いだっただろうか。しかし、夕霧は立ち上がり小さく「はい…」と返した。肌と布が擦れる音が室内に消える。
羞恥に顔を歪め、頬を赤く染め、脱いだ服で胸等を隠す。今にも泣きだしそうな顔を見詰めた。膝の擦過傷はほぼ治り掛けている。しかし、目を引くのは、両肩に残る鮮やかな青痣。強い力で掴まれたであろう跡、手形。大きさから言って、男のものだと瞬時に理解することが出来た。

「後ろを向け」言われるがまま、こちらに背を向ける夕霧。肉のない薄い背中、薄く浮き出る肩甲骨、少女から女に成長しつつある曲線を描く身体。肌は白く、髪の黒が良く映える。

嗚呼、未だ芽の出ぬ鉢植えの土を荒らした者がいる。無理矢理暴く理由が出来た。

背を向けたまま、顔を伏せる夕霧の項の髪を二つに裂いた。黒髪に混じる、紫と赤、緋色、牡丹、一口にそれを言葉にするなら…夕闇を切り取ったかのような髪だと思った。

見詰める、指に絡まらないほのかに水気を含む冷たい髪。白い項、驚いているのか肩が跳ねた。首筋に掛かる吐息を耐えるように夕霧は目を瞑る。
何をされるか理解したのだろう。聡明な子供だ。ガリッ。自歯が肉に食い込む音がした。ブチッ、とも音がした。繊維が切れる音、溢れ出そうとする赤を零さぬように吸い取とれば、温かな鉄の味が口内に広がる。
「……ステイン、さ…」膝が崩れ、床に倒れ込みそうになる夕霧の身体を片手で受け止め、床に落ちた服を放置し、隣の部屋へと向かう。敷きっぱなしの布団の上に組み敷いた。




「受け入れろ、」






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