隣で静かな寝息を立てる子供。泣き腫らした目元とぐちゃぐちゃに丸められた衣類。齧りついた首筋には半乾きの傷痕が生々しく残り、きっと跡になるだろうなと思った。
寝返りを打てば、毛布で隠されていた肌が剥き出しになる。この年齢にしては大きく膨らんだ胸、薄く柔らかい腹、成熟した女とは違う曲線を描く括れ、締まりのない太腿。それを指先で摘まめば、嫌がるような声を出して体を丸めた。まるで猫のようだと思った。

そして、内腿には目を疑うような痕跡。執着の跡。かぴかぴに乾いて張り付いた体液と夥しい量の歯形。吸い付いた時にのみ残る小さな鬱血痕は片手で数えられる程しかないというのが、何かしらの意図が感じられる。なんだったか思い出せない。だが、今回もよく泣いたなと乱れに乱れた頭に触れれば、嬉しそうに頬を緩めた。しかし、開封され使用された避妊具の数に深い溜め息が漏れる。

枕元に置かれた腕時計を手に取り、時間を確認する。行為から約三時間の経過。薬を飲ませるのはもう少し後でもいいだろう。



緩み切った顔、安心しきった表情、力の抜けた身体には消えぬ傷跡が残る。
この先、お前の身体を眺める男はどう思うだろうなァ。






「自分が手籠めにされ、欲の捌け口にされていることに気が付いているのか」

如何に取り繕うともそれは紛れもない事実。この子供は自分が何をされているのか自覚しているのかは定かではない。

この三年間で何度もこの子供を犯した。俺の言葉を鵜呑みにし、抵抗出来ないことをいいことに組み敷いて、その身体を貪った。何度も泣かせた。何度も体を暴いた。何度も傷痕を残した。快楽を覚えさせた。己で快楽を得る方法を教え込んだ。辱しめを受けながら泣く子供を何度も見下ろしていた。悔しいか、耐え難いか、堪えるな、泣け、溜め込むな、見せろ、お前の悲しみも、嘆きも、痛みも、泣いて、俺に晒せ。そして、ずぶずぶに深みに落ちていく様を見詰めていた筈だ。なのに、夕霧は一度だって落ちたことなどなかった。蕩けたように見えて、瞳の奥には鋭い理性の刃をこちらに向けている。

不意に絡め取った指がするりと抜け、夕霧は両腕で顔を遮った。目元を押さえ、必死に泣くものかと耐えていた心が崩れていく気配がした。震えた唇が、頬を濡らす雫は快楽からくるものではないと見れば分かる。






「…大切な…友達を、…私はっ…守れなかった、……っ…」

守りたかったのに、守れなかった。涙に濡れた言葉は昨日の後悔。無傷でここにやってきた夕霧は泣きながら、己の罪を言葉にした。

『雄英高校襲撃!しかし、オールマイトの活躍により生徒は無事!!』

あの時、確認出来なかった記事の内容を夕霧の口から聞いた。
自分が無事なのはその場に居なかった。だけど、自分がのうのうと授業を受けている時に大切な者達は酷く傷付き、苦しんでいた。それが悔しい、何も出来なかったことが苦しい。

傷付いた友を病院で見舞った時、痛々しく笑ったそうだ。大丈夫だと言った言葉が苦しかった。その笑顔が焼き付いて離れない。記憶にこびりついて、離れない。苦しい、ごめんなさい、守れなくてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。懺悔のように謝り続ける夕霧に俺は淡々と吐き捨てた。






慰めなんて甘いことはしない。
そんなもの、なんの役にも立たない。



「自惚れるな。その場にいなかったお前に何が出来たというのだ」

血の様に赤く染まり、溶けだすように潤んだ眼がこちらを見つめる。己が無力であったことを口にする暇があるなら、己の今すべきことを考えろ。敵は待たない。考えろ、思考を止めるな。備えろ、次に何が起こるかを想像しろ。お前の今すべきことはなんだ。そう問えば、夕霧は言葉を詰まらせる。

「……っ、私は」
「口を開け」

一瞬戸惑うように。だが、小さく開いた口に薬を放り込めば、ごくんっと大人しく飲み込んだ。なんの疑いもなくだ。

「眠れ、心を休めろ。それが今のお前がすべきことだ」

俺の答えに対し不安気な表情の夕霧はそれから一分と経たずに静かに眠りについた。小さな錠剤は睡眠薬。女の尊厳を奪い続けながら、睡眠という名の休息を与える。なんと矛盾した行動だ。


あれから眠り続ける夕霧の頬に手を伸ばす。意味もなく、その頬を撫でた。柔らかい肌だ。視線を下ろし、歯形の残る首は強く捻れば、簡単に折れそうなほど細い。何をしても起きない夕霧の眠りは毎度のことながら相当深いものなのだろう、一度どこまですれば起きるかを試してみた。何をしても起きなかった。するだけ時間の無駄だったことが分かった。自然に起きるのを待つのが一番効率のいい方法だと知った。

きっとお前の信念もこういう風に眠っているのだと思えば、待つのも悪くない。
赤格子夕霧。ヒーロー殺しステインが芽吹く時を待つ英雄の種。奴が水を与え、光を与え、土を荒らす虫から守る種。



「      」

小さく弱い種よ、早く目覚めろ。その花の姿を俺にも見せろ。







夜が明けた。窓から差し込む光にもぞもぞと動き出す夕霧は目を開けぬまま、俺の胸に頬を擦り寄せてきた。ぴたりと張り付けた耳、上下する胸、呼吸を殺して何かを聞き取るように耳を澄ませているようにも見える。






「…生きてる」




夕霧の言葉に俺は応えた。






「そうだな、」

静かな朝の会話だった。
武装を解き、襤褸を取り、この時ばかりは深い眠りについた概念の代わりに活動する為の器は、今日も生きていた。



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