■■■■の存在を知ったのは、本当に偶然だと思う。
名前のない、名前も知らないその存在を中で見つけた。あの人の業火のように燃え盛る信念の中、喉を焼かれながら必死に叫び、息をする存在に。

そっと手を伸ばせば、炎に指先を焼かれた。ほんの少しだけ指先が赤く焼け焦げたけど、視線の先の彼の身体一層酷く焼かれていく。人が焼かれる臭いはしない、無臭。なのに、肌を焼くような熱気は痛い程に感じられた。呼吸する度に喉を焼かれ、もがけばもがく程に黒き炎は燃え移って、身体を焼く。顔を焼き、腕を焼き、足を焼き、腹を焼き、胸を焼き、それでもずっとずっと叫び続ける。

ずっとずっと手を伸ばして、助けを求めるように叫び続けた。その眼には誰も映っていない。暗い暗い炎に囲まれているというのに、その瞳には一切の光を受け入れようとしない。

嗚呼、ここにいてはいけないんだ。
この場所で留まっていてはいけないんだ、貴方のその腕を掴むには業火にくべられるあの人を救うには、この中に飛び込まなくてはいけないんだ。



「      」



怖くはないよ、私の望みはただ一つだから。


「 大丈夫、私がいます 」


大丈夫、貴方には私がいる。

それまで私がこの人を守るから、息の仕方も忘れてしまったこの人に酸素を分け与え、その名前を口に出来る日、その日まで。


どうかこの人を殺さないで。

燃え盛る業火の中に佇む、人の形を失ったナニかに向かって私は口にした。


*   *   *


不思議な夢は、獣の咆哮のような声で終わりを告げた。

真夜中のこと、驚いて身体を起こせば隣で眠っていたステインさんの全身からは汗が吹き出し、己の喉に爪を立て、肉を抉り、血が滲んでいた。硬く瞑った目は開かない。
苦痛に歪んだ表情と手の甲に浮き出た血管。必死に酸素を求めるように自らの喉元を傷付け、必死に恐怖から耐えるようにシーツを握り締める。




「………、………」
「……っあ、ぁ"……あ…ぁ"あ"っ」


その声はまるで、事切れるかのように声で弱々しく、小さくなっていく。
蝉が最期の力を振り絞り、鳴き叫ぶような、己の存在を周囲に知らせるような。私は地面に堕ちて、息絶えるその瞬間を見てるような気になった。深い呼吸を繰り返す男に手を伸ばした。

鞄の中から取り出した洗い立てのタオル。ほんのりと甘い柔軟剤の香りがする柔らかな生地を額、目尻、頬、顎をなぞり、首筋を撫でる。汗を吸い込んだシーツは今は替えられない。だけど、体が冷えたら風邪を引いてしまう。出来るだけ汗を拭っていると突然カッと目が開き、私の腕を掴んだ。


「……っ、」


暗がりをさ迷う瞳は何も映さず、何も望んでいない真っ黒な瞳。乾いた血のような赤黒い虹彩。静かに流れる沈黙、口を開き、言葉を交わすことはない。渇いていく眼窩を見下ろし、そっと蝶が羽根を擦り合わせるように頬を寄せた。産毛がさらりと触れ合い、私は静かにこの場面には不釣り合いな言葉をかけた。






「おやすみなさい、」


これであっていたかなんてわからないけども、男は離れた私をじっと見詰めた後、静かに目を閉じた。
握っていた手はそっと離され、先程とは違う、落ち着いた呼吸が広がった。

湿った髪の毛を撫でる。前はもっと酷い髪質だった。剛毛なのだろう、それでいて癖毛。手入れなんてまともにしてなくて、指を通せば3�pも先に進まず引っ掛かった。だけど、今は少しだけ柔らかくなった気がする。


「ステインさん、…の中にいるもう一人は一体、誰なんでしょうね」


赤格子夕霧の瞳は確かに真理を見つめる眼は育っていた。
静かに、ただ静かにそれを知るものは誰もいなかった。



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