「さっきあんなこと言ったけど、本当は何を言いたかったんだい…?」
予鈴のチャイムが鳴り、緑谷さんが先に仮眠室から出た。酷く重たい空気が全身に圧し掛かる中、オールマイトが気を利かせてくれた。
それは同時に私の隠した言葉を暴くことになるというのに。
「…………、…」
「ごめんね。こんなことを聞いて、でも良かったら聞かせてくれないかな」
君はいつも人のことを見てるし、気を使っているのは分かっている。だからこそ、君の言葉でそれを聞きたい。
今の私がどんな風に見えているか、人をよく見ている君から聞きたいんだ。
「本当はなんて言いたかったんだい?」
子供の喧嘩の原因を聞きたがる大人のような言葉だった。
優しいのに、優しくない。まるで、真綿で首を締めあげられていくような感覚に心が悲鳴を上げる。
嗚呼、息が詰まる。苦しくなる、そっと首筋を撫でて落ち着こうとする。
じくじくと常に小さな熱を発するそれに私は、言葉にした。そうするしかなかった。これは吐いてはいけない嘘だ、貴方の為にならない。なんのためにならない、救いにはならない。決められた真実を口にするだけのこと。それだけのこと。
「 著しく身体能力を落としてしまうほどの大怪我をしてしまった。貴方の中にあった聖火の如き炎が少しずつ小さくなっているように見えます。オールマイトという存在が静かに薄れていくように思えます。そして、貴方自身の光も少しずつですが消えていくように、………………まるで貴方はもうすぐ、」
その先の言葉は私には言えなかった。言えない、言ってはならない。口にしてはならない。憶測でものをいうものではない。客観的に見て、じゃない。なんの根拠があってこの言葉を口に出来るんだ。お前は何様のつもりだ、お前は医者でもヒーローでもない。何者でもない私はその先の言葉を言えずにいた。
人の命の期限を決めていいのは神様だけ。
そっか。短く息を吐くオールマイトが静かに微笑む。全てを察したような表情はただただ穏やかで、私は目を細めた。
違う、違うの。そんな顔をさせたかったわけじゃない。そんな顔を見たかったわけじゃないの。オールマイト、ごめんなさい。そんな顔をしないで、笑わないで。
「ありがとう。本当のことを言ってくれて、そうだよ。私もいつかその日がくる。その日まで生きるつもりなんだよ」
私は貴方の心について尋ねた。
先ほどまでいた彼の中には、貴方の中にあった聖火に似た炎が見えた。それはあの人を焦がす業火にも似た光だった。
貴方が彼に何かを与えた。それは命の欠片にも似た、何か。
私にはそれが何か、理解することが出来なかった。
「…なんで緑谷さんなんですか」
「去年のヘドロ事件覚えてるかい?」
「はい」
「あの時ね、他のヒーロー達が躊躇う中、彼は飛び出したんだよ。怖かっただろうね、恐ろしかっただろうね。しかし、助けを求める眼に身体は勝手に動いていた。
彼はヒーローになるべき存在だと思ったんだ」
だからかな。にこっ、と心が温かくなるような笑顔はいつものオールマイトだった。
痩せ細っていても、死を待つ人間の顔になっても、最期の日を甘受しようとする姿を見ても、貴方は、皆が知ってるオールマイトだ。
時計の針の進む音がやけに大きく響く。
私の胸の中にすとんと落ちる真実は、残酷だ。
「人はいつか死ぬものだ、」
私もそうだよ。
止めて、貴方が死んでしまうことは…。
「平和の象徴である、オールマイトもいつか死ぬ」
あの人がこの真っ暗な世界で光を失うようなものなの。
止めて、そんなこと言わないで。あの人から光を奪わないで、あの人の前から消えないで、あの人の視線の先にいて、そしてあの人の世界を照らし続けてよ。
「大丈夫、それまでに新たな平和の象徴は生まれる。オールマイトの後継は彼だ。
緑谷少年は"私"になるんだ」
そんなのいないよ。代わりなんていないの。貴方は貴方で、彼は彼なの。誰でもないの。
あの人には貴方しかいないことを私は知っている。貴方は知らないけど、貴方がいなくてはならない人を私は知っている。
それでもこの人には、私の声は届かないのでしょ。
私が貴方に生きていと言っても曖昧に笑って誤魔化すのだ。平和の象徴じゃなくてもいい、人としてでもいいから生きていてよ。死ぬなんて簡単に言わないでください。
( なんて無力なんでしょうか )
ヒーローに、英雄になりたいわけではない。
それでも誰かが自分の命を投げ捨てないように、誰が自分の命を粗末にしないように。
命は平等だと、命の価値は同じだと言いたい。
貴方の命は、貴方が思っているよりも尊いのだと言ってあげたい。
それでも、それは他人が思ってるだけのこと。
本人の命の価値観は違うのだ。やはり、私は無力なのだ。言葉にすることも、行動を起こすことも出来ない、弱いもの。紛い物。偽物。
本鈴がなり、私は頭を下げて部屋を出た。
オールマイトが見送る中、私はどんな顔していただろうか。
「赤格子さん遅刻よ」
「すみません、迷子になりました」
何一つ変わらない表情で、何もなかった表情で教室へ入った。入学して3週間、この広い校舎の中で迷子になる生徒は少なくなかったためにミッドナイト先生は軽い注意だけで席に着くよう促した。
赤格子夕霧の個性はステルス。
姿を消すことの出来る個性。
その特性として人の本質とほんの少し命の残量を感じ取れるだけの個性。
それだけの個性。