「ヒーローとは、悪を砕く存在である。また、その芽を摘むものでもある」
お父さんの語るヒーロー像。体現するヒーローとは悪の芽を摘むものだという。
雄英体育祭一週間前、珍しく自宅に帰ってきていたお父さんと顔を合わせた。テレビで見る同じ顔。穏やかな表情で問う。
「ヒーロー科に通って何か変わった?」
買い物袋の中身が重たくて、身体の中から冷えていくような感覚がした。
ヒーロージウ。本名、赤格子時雨。個性は隔離。あらゆるものを閉じ込め、隔離することの出来る個性。目に見える物体は勿論だが、本人が隔離対象を明確にすればするほど、隔離する力は強くなり、何者にも干渉は出来なくなる。
お父さんは読めない人だ。人は表情や態度、仕草や声のトーン、その日の顔色、姿勢、呼吸等のあらゆる情報を感じ取りその人間を読み取ろうとする。私は個性の性質上、他人の変化に人一番敏感に感じることが出来た。しかし…。しかし、何一つ読めない。私にはこの人の考えていることが全く読むことが出来なかった。
太陽の光を吸い込んだ夕日のような橙色の瞳はいつだって私を見ていなかった。静かに降り注ぐ雨の中で傘を差し、どこか遠くを見詰める瞳に私は何も感じ取ることが出来なかった。
その瞳の向く先に貴方の信念があるというなら、私はそれを知りたかった。
この世界のヒーローの定義とはとても曖昧なものだ。
エンデヴァー『全てを焼き尽くし、己の道を往かんがもの』
ベストジーニスト『人を正し導こうとするもの』
イレイザーヘッド『善悪を推し量り、最良を選ぶもの』
インゲニウム『道を指し示し共に歩むもの』
リカバリーガール『人の心を温めるもの』
自慢ではないが数多くのヒーローを見てきた。この目で現場に行き、その存在を知ろうとした。その中にはヒーローの素質に欠け、ヒーローには相応しくない行いをするものもいた。人の尊厳を奪い、人の夢を奪い、人の人生を奪い、己の欲しいものを手に入れてきた人達を沢山見てきた。
現実は甘くない。その通りだ。
「ヒーローとは、」
常に私は問い掛ける。自分自身に、姿形のない亡霊のような誰かに。
闇に溶けたナニかに私は問い掛ける。答えが返ってこないことを知りながらも、私は自問する。真の英雄とは、ヒーローとは。
光の先にはいつだって太陽の如き光を宿した男がいた。光さえも陰らせる男。
オールマイト『全ての悪に立ち向かい全てを救わんがもの』
闇は消えた。潔癖なまでに全てを焼き尽くす熱を持った男の姿に、私は息が出来なくなる。
嗚呼、このまま溶けて消えてしまいたい。
不意に誰かが私の瞼に触れた。焼かれて、乾いた瞼を閉じることも出来なくなった私の視界を暗く染める。
その存在を未だに知らないでいた。それでも、自分勝手な妄想の産物にあの人を置き換えてしまう。いつだってこの身体に触れる人があの人であればと願ってしまうのだ。
浴槽の底に沈められていた私の身体は呼吸をする為に浮き上がる。
ふよふよと水面を漂う体に、閉じていた瞼を開き、青白い光が差し込む浴室の窓から月が私を見詰めていたことに気付く。
「大丈夫、まだ生きているから」
もう少しで何か見えるかもしれないから、まだもう少しだけ大丈夫だよ。
そう言えば、夕飯がまだだったことを思い出した。