呼吸するたびに肺に送り込まれる冷たい空気、露出した肌に纏わりつく冷気、暗闇の裏側、瞼を閉じた世界で光を探す。

身体に染み付いたステップ、雑音が一切ない聞こえない世界だ。
でも、私の中では音が、音楽が息衝いている。呼吸するように歌い、叫ぶように踊り、髪を靡かせる度に世界は色を変える。指先一つに全神経を、音楽を表現する為の表情の変化を、次のジャンプへの動作を、視界の先に広がる道を、ころころと変わる世界の色に私の中の音楽は悲鳴を上げる。

全体重を支えるブレードが着氷と同時に深く氷を抉った。最後のステップを決めた瞬間、世界は唐突に音を失った。リンクに響いた声で底に沈みこんだ意識が浮き上がってくる。

「依、お客さんだよ」

リンクの外から感じた二つの視線に、顔を上げた。

「あれ、緑谷君いらっしゃい。どうしたの」
「こんな時間に、ごめんね。ちょっと話したいことが、…そのあって…」
「良いよ。もうそろそろ練習も切り上げようとしてたし」


一気に力が抜けて、肩で息をする。リンクの外へ通じる場所まで滑り、ブレードを保護するためのエッジカバーを霊縄君から受け取った。冷気の漂うリンク内は立っているだけでも身体から体温を奪っていく。長袖を着ていても寒さを感じる。

「とりあえず、移動しようか」

緑谷君は今の学校の一番仲の良いクラスメイトだ、その彼がこんな時間に訪ねてくるなんて珍しいこともった。
静寂に包まれた空気、冷たくどこか思い詰めたよう顔の彼はずっと下を向いていた。
少し空気が重たく切り出し辛いのか、緑谷君は顔を上げようとしない。


「緑谷君何か飲む?」
「え!?い、いいよ…気使わなくて」
「えー、だって私一人飲むのって気を使うでしょ」
「なんかごめん!」

そう思うなら好きな物言ってよ、ここココアとかコンポタとか美味しいんだよ。
気が抜けるような笑顔で自販機を指差せば、緑谷君の強張っていた身体から少しだけ力が抜けたように見えた。
お互い寒かったのでココアを頼んだ。紙コップで出てきたココアを手に持ち、設置された長椅子に腰掛ける。
温かい湯気の上るココアに息を吹きかけ、冷ます。熱いのは苦手だった。

重たい口を開いたのは緑谷君の方だった。

「進路のことで相談ね。私で良かったの?」
「うん、母さんにはちょっと相談しずらいんだけど、銀憑さんならなんて言うかなって思って」
「私ならなんていうか、か」
「…ごめん、こんなこと聞いて」

とても申し訳なさそうな顔をする緑谷君に私は笑ってしまう。
そうだよねー、共通の話題を持つ私達には私達にしか分からない現実があるもんね。

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