返信
あ。
ふと見た駅ナカにある雑貨店のショーウィンドウ。
そこに、先週はあったはずのオレンジ色のかぼちゃの代わりに、赤いとんがり帽子に白いひげのマスコットがあるのを見る。
もうそんな時期か、と思った。恋人はサンタクロースという、お馴染みのフレーズが頭に浮かんでくる。実際、あと数週間もすれば、煌びやかなイルミネーションとともに、街の商店街などでも耳にするようになるんだろう。宝石を散らしたようなイルミネーションの光を想像すると、心が沸き立つようだったが、それを見る自分を意識すると、とたんにへしゃりと潰れてしまった。
見る自分を想像できても、その脇で一緒に見てくれる誰かの姿を、想像できなかったからだ。
自嘲の笑みが漏れる。
そういえば、電車の中釣りにあったファッション雑誌の広告にも「彼氏とのロマンティックなクリスマスの夜の過ごし方」なんて言葉が載っていたっけ。まるで独り者である自分を糾弾するような言葉に思えて「別に一人で過ごしたっていいじゃない」と突っぱねていたけれど、たしかにこれはこれで。
さみしい、わね。
ふっと、ため息にもなりきれない吐息が漏れそうになる。けれど、なけなしの自尊心がそれを許さない。ぐっと、こえらた。
ショーウィンドーの冷たいガラスの表面から指先をはなし、使い慣れたヒールのかかとを鳴らす。白いニットワンピースに薄ピンクのノーカラーコートをまとった可愛い女性が、男性の腕に自分の腕を絡めて、自分の脇を歩き去っていく。目の端をかすめていった頬のピンク色は、きっとチークによるものだけではないはずだ。
幸せそう。
パステルカラーをまとった彼女の姿と、灰色の地味な事務服をまとった自分の落差に、じっとりとした嫌な気分がまとわりつく。
彼女のまわりは小春日和のようにぽかぽかと暖かなのに、自分のまわりは木枯らしが吹いているよう。
いやいや、他人は他人、自分は自分でしょ。自分と彼女は違うのだから。
そんな言葉でもって自分を鎧いなおす。けれど、その言葉を発端に、比べ物にはならない鋭さと冷たさをもって自分を刺してくるものがあった。
『それってさ、逃げじゃないの?』
ぐさりと、突き刺さる。
それが過去に言われたものだったとしても、思い返すことによって痛みは再び訪れる。
口にしたのは、同じ会社の同僚。沖田総司だ。
容姿端麗、成績優秀。そんな彼は社内の女性たちの人気者だった。
かっこいいと、彼女たちは口を揃えて言うけど、わたしはそうは思えなかった。
彼は自分にはひどく辛辣な言葉を投げかけてくるからだ。
最初は嫌われているのかとさえ思った。でも、嫌っている割にはやたらと構ってくる。その度に社内の女性たちから針のような視線で刺されるので、たまったものではないが。
あまりのしつこさと針のむしろに耐えかねて、一度聞いてみたことがある。
どうして自分を構うのか、と。
すると、彼はなんのてらいもなくこう言ったのだ。
『好きだから』と。
あっけにとられて開いた口がふさがらなかった。
辛辣な言葉ばかり投げつけてくることに対しては、こうも言った。
『辛辣な言葉?本当のことでしょ。今だって、そう。自分に自信がないからって、「…嘘だよね?」なんて言って、素直に受け止めてくれないしさ』
ひどいよ、君は。
傷ついたような表情に、ずきりと胸が痛んだ。いつもの飄々とした風ではない。思わず怯む。
その隙を、突かれた。
『それでも、好きだよ』
するりと抱き寄せられて。熱い視線にさらされて。怖くなったわたしは、逃げた。
だからその日を境に彼がわたしのことを構わなくなったのも、当然のことなのだ。
きっと愛想を尽かされたに違いない。こんな臆病者なんて。
「……嫌になるよね、ホント」
本当を言うと、たしかに困惑もしたけれど、それ以上に嬉しかった。
こんな自分を好いてくれて、嬉しかった。でも、卑屈な自分はそれを素直に認められなかった。
彼に自分なんかがふさわしいはずなんてない。そう思って、逃げたのだ。
思い返せば、いつもそう。
ふさわしくあるように努力したことは一度もなく、どうせ自分なんてといじけてばかりいる。
ひどく惨めで、かなしい。
そんな自分を彼は好きだと言ってくれた。なのに、また逃げてしまった。逃げてから気がついてしまった。
構ってこない彼のことを、ひどく気にかけている自分に。
好きなのだ。彼のことが。
でもきっともう駄目だと思う自分がいる。
自分は彼にひどいことをしてしまったのだ。向き合おうとせず、逃げてしまった。
それはもう取り返しのつかないことだ。
巻き戻しのきかないことを思い返してばかりいるのは無意味なことだと分かっていても、ぐるぐると考えてしまう。あの時ちゃんと向き合っていれば。彼の気持ちを受け止めていれば。
こんな気持ちにはならなかったのかな………。
今の自分の同調したかのような曇天に、電車の窓から視線をやっていると、急にポケットのケータイが震えた。
着信。誰から。
画面を見て、驚いた。
メールの差出人の名前は、沖田総司。
画面におどる名前をなぞり、そういえばと思い出す。いつかの昼休み、強引にアドレスを交換させられたのだ。
けど、今になってなんで。
後ろ向きな考えばかりが浮かぶ。でも、怖いもの見たさというのだろうか。メールを開く指を、止められなかった。
送られてきたメールの文面は簡潔で、でも自分の心を舞い上がらせるには十分だった。
クリスマスの夜、空いてる?
まだ、間に合うだろうか。
まだ、自分の言葉は彼に届くだろうか。
震える手で、返信を出す。
空いてる、と。
今はこれが精一杯。
でも、彼がくれた最後かもしれないチャンスだ。
きっと、そのときは自分から言おう。
自分の言葉で。
好きです、と。
返信
あ。
ふと見た駅ナカにある雑貨店のショーウィンドウ。
そこに、先週はあったはずのオレンジ色のかぼちゃの代わりに、赤いとんがり帽子に白いひげのマスコットがあるのを見る。
もうそんな時期か、と思った。恋人はサンタクロースという、お馴染みのフレーズが頭に浮かんでくる。実際、あと数週間もすれば、煌びやかなイルミネーションとともに、街の商店街などでも耳にするようになるんだろう。宝石を散らしたようなイルミネーションの光を想像すると、心が沸き立つようだったが、それを見る自分を意識すると、とたんにへしゃりと潰れてしまった。
見る自分を想像できても、その脇で一緒に見てくれる誰かの姿を、想像できなかったからだ。
自嘲の笑みが漏れる。
そういえば、電車の中釣りにあったファッション雑誌の広告にも「彼氏とのロマンティックなクリスマスの夜の過ごし方」なんて言葉が載っていたっけ。まるで独り者である自分を糾弾するような言葉に思えて「別に一人で過ごしたっていいじゃない」と突っぱねていたけれど、たしかにこれはこれで。
さみしい、わね。
ふっと、ため息にもなりきれない吐息が漏れそうになる。けれど、なけなしの自尊心がそれを許さない。ぐっと、こえらた。
ショーウィンドーの冷たいガラスの表面から指先をはなし、使い慣れたヒールのかかとを鳴らす。白いニットワンピースに薄ピンクのノーカラーコートをまとった可愛い女性が、男性の腕に自分の腕を絡めて、自分の脇を歩き去っていく。目の端をかすめていった頬のピンク色は、きっとチークによるものだけではないはずだ。
幸せそう。
パステルカラーをまとった彼女の姿と、灰色の地味な事務服をまとった自分の落差に、じっとりとした嫌な気分がまとわりつく。
彼女のまわりは小春日和のようにぽかぽかと暖かなのに、自分のまわりは木枯らしが吹いているよう。
いやいや、他人は他人、自分は自分でしょ。自分と彼女は違うのだから。
そんな言葉でもって自分を鎧いなおす。けれど、その言葉を発端に、比べ物にはならない鋭さと冷たさをもって自分を刺してくるものがあった。
『それってさ、逃げじゃないの?』
ぐさりと、突き刺さる。
それが過去に言われたものだったとしても、思い返すことによって痛みは再び訪れる。
口にしたのは、同じ会社の同僚。沖田総司だ。
容姿端麗、成績優秀。そんな彼は社内の女性たちの人気者だった。
かっこいいと、彼女たちは口を揃えて言うけど、わたしはそうは思えなかった。
彼は自分にはひどく辛辣な言葉を投げかけてくるからだ。
最初は嫌われているのかとさえ思った。でも、嫌っている割にはやたらと構ってくる。その度に社内の女性たちから針のような視線で刺されるので、たまったものではないが。
あまりのしつこさと針のむしろに耐えかねて、一度聞いてみたことがある。
どうして自分を構うのか、と。
すると、彼はなんのてらいもなくこう言ったのだ。
『好きだから』と。
あっけにとられて開いた口がふさがらなかった。
辛辣な言葉ばかり投げつけてくることに対しては、こうも言った。
『辛辣な言葉?本当のことでしょ。今だって、そう。自分に自信がないからって、「…嘘だよね?」なんて言って、素直に受け止めてくれないしさ』
ひどいよ、君は。
傷ついたような表情に、ずきりと胸が痛んだ。いつもの飄々とした風ではない。思わず怯む。
その隙を、突かれた。
『それでも、好きだよ』
するりと抱き寄せられて。熱い視線にさらされて。怖くなったわたしは、逃げた。
だからその日を境に彼がわたしのことを構わなくなったのも、当然のことなのだ。
きっと愛想を尽かされたに違いない。こんな臆病者なんて。
「……嫌になるよね、ホント」
本当を言うと、たしかに困惑もしたけれど、それ以上に嬉しかった。
こんな自分を好いてくれて、嬉しかった。でも、卑屈な自分はそれを素直に認められなかった。
彼に自分なんかがふさわしいはずなんてない。そう思って、逃げたのだ。
思い返せば、いつもそう。
ふさわしくあるように努力したことは一度もなく、どうせ自分なんてといじけてばかりいる。
ひどく惨めで、かなしい。
そんな自分を彼は好きだと言ってくれた。なのに、また逃げてしまった。逃げてから気がついてしまった。
構ってこない彼のことを、ひどく気にかけている自分に。
好きなのだ。彼のことが。
でもきっともう駄目だと思う自分がいる。
自分は彼にひどいことをしてしまったのだ。向き合おうとせず、逃げてしまった。
それはもう取り返しのつかないことだ。
巻き戻しのきかないことを思い返してばかりいるのは無意味なことだと分かっていても、ぐるぐると考えてしまう。あの時ちゃんと向き合っていれば。彼の気持ちを受け止めていれば。
こんな気持ちにはならなかったのかな………。
今の自分の同調したかのような曇天に、電車の窓から視線をやっていると、急にポケットのケータイが震えた。
着信。誰から。
画面を見て、驚いた。
メールの差出人の名前は、沖田総司。
画面におどる名前をなぞり、そういえばと思い出す。いつかの昼休み、強引にアドレスを交換させられたのだ。
けど、今になってなんで。
後ろ向きな考えばかりが浮かぶ。でも、怖いもの見たさというのだろうか。メールを開く指を、止められなかった。
送られてきたメールの文面は簡潔で、でも自分の心を舞い上がらせるには十分だった。
クリスマスの夜、空いてる?
まだ、間に合うだろうか。
まだ、自分の言葉は彼に届くだろうか。
震える手で、返信を出す。
空いてる、と。
今はこれが精一杯。
でも、彼がくれた最後かもしれないチャンスだ。
きっと、そのときは自分から言おう。
自分の言葉で。
好きです、と。