Ψ未来捏造ありΨ
大学に入学して、学科内の交流会で私は荒北靖友と出会った。
荒北は見た目に違わず言葉遣いは荒い、態度が悪いで第一印象は最悪だった。
正直積極的に関わりたい部類の人間ではなかった。
何故かグループワークで同じことが多くて、それからちゃんと荒北と話すようになった。
荒北という人間は意外と面倒見が良く、意外と気が利く人間だった。
グループワークの進捗管理をしてくれるし一緒に色々考えてくれるので、学科内でも話しかけやすい人として次第に認知されていった。
何となく一緒にお昼を食べることもあったし、それなりにいい関係を築けていると思う。
荒北が自転車競技部に入っていることは知っていたが、どういうスポーツなのかは全く知らなかった。
「今日練習あるし暇なら見に来ればァ」
「え、いいの」
「あそこの駐車場にでもいれば俺らが通ると思うぜ」
私が荒北に完全に堕ちたのはこの時だった。
多分ほぼ堕ちかけてた所にあの本気の姿を見たら、もう堕ちざるを得なかった。
意識したとはいえ、急に彼女になりたいという訳でもない。
この仲良くなり始めた関係を絶対に壊したくなかった。
それからもたまに練習を見に行っては、やっぱり好きだと自分の気持ちを確かめた。
何度も見に行っている内にロードレース自体にも詳しくなってきた。
ロードレース自体の面白さも分かってきた。
一応目的は荒北の雄姿を見ることではあるけれど、荒北が来る前も来た後もずっと楽しめていた。
「凄かった!お疲れー!」
「おー」
「君は…荒北と同じ学科の…」
レース後の荒北に差し入れを渡しに行くと金城君がいた。
金城君のことは荒北から教えられて一方的に認知していただけなのでとりあえず自己紹介をする。
今日の大会、洋南からは2人しか出場していなかった。
じゃあ私帰るねと言ったところで金城君に引き留められる。
「これから打ち上げするんだが、どうせなら一緒にどうだ」
「え……でも私走ってないし……打ち上げるもの何もないんだけど……」
「どーせあとは帰るだけなんだろ。飯食ってけばいいんじゃなァイ?」
そこまで言われてしまえば私に断る術はない。
ここから行ける居酒屋を探して、良さそうなところに入る。
とりあえずお酒とつまめるものと頼んでいく。
お酒が届いたら乾杯をしてレースの話を聞く。
2人の反省だとかを聞きながら飲む酒は美味しい。
順番にやってくるご飯を捌きながらも耳だけはしっかり2人の話に向いていた。
選手はレース中にこんなことを考えているのか、と勉強になる。
「俺たちばかり話していてつまらなくないか?配慮出来ずすまない」
「いやいや!全然!私が押しかけちゃってる感じだし、選手の話聞くの面白いから気にしないで!」
「お前だいぶロードレース好きになってるよなァ」
酒の勢いで出かかった言葉をカシオレと一緒に飲み込んでおく。
ロードレースだけじゃないんだよ、荒北。
金城君が私と荒北についても話を振ってくれたので答えていく。
金城君滅茶苦茶気が遣えるし周り見てるし本当にいい人だな……
ホント荒北と大違いだよ……
何で私荒北の事好きなんだろう……
ロードレースで面白かった場面とかの話をさせてもらったけど、何となく恥ずかしい。
一年前までロードレース自体を知らなかったド素人の感想を聞かせるなんて……
それでも荒北と金城君が私の拙い話をしっかり聞いてくれるので嬉しかった。
その日は適当に解散して、私は一人帰路に着いた。
下宿している部屋は、こういう時少し寂しい。
帰ってもこの興奮を伝えられる人がいないのだ。
ふと携帯を確認するとちゃんと帰れたか、という旨の連絡が荒北から来ていた。
……こういう所が好き。
それからも行ける時にはレースを見に行った。
金城君とも次第に仲良くなって、今では2人で学食に行く時すらある。
待宮君は最初こそ胡散臭いなとは思っていたが、ちゃんと話してみると意外といい奴だった。
かなちゃんも紹介してくれたし、友人としていい関係が築けていると思う。
待宮君の話は主にかなちゃんとの惚気なんだけど。
かなちゃんは本当にいい子で、一緒に遊んでくれるしロードレースも一緒に見に行くことも増えた。
学部も違うけど、合間を縫ってご飯を食べたり買い物に行ったりした。
帰省の度にお互いの地元の名産品を交換するのも楽しかった。
荒北には彼女が出来なかった。
彼女を作らないか聞いた時、今は作る気がないと言っていた。
私はロードに打ち込む荒北が好きだし、特段落ち込むこともなかった。
いつかもし、荒北がロードとか今興味のあること以外に目を向けようって時に私を見てくれたら嬉しいと思う。
私はそれくらいの立ち位置でいいのだ。
そのうちに就活が始まった。
単位はもうほとんど取り終えていて、あとは卒論と少し授業を取るだけだった。
荒北とはゼミが違うから以前のように授業が被ることは少なくなっていた。
荒北は院に進学するが、私は就職予定だった。
リクルートスーツは肩が張ったが、何とか就活も終わらせることが出来た。
私は来年から東京で働くことが決まった。
地元も都内にあるので、まあ色々丁度良かった。
かなちゃんと就活お疲れ様会をやることになった。
かなちゃんも上京するらしく、かなちゃんと離れないことが滅茶苦茶嬉しかった。
「荒北くんの事好きなんじゃろ」
「……え?!」
「やっぱり!ずっと言おうか迷うとったんだけど、やっぱりそうなんじゃ」
「別に付き合いたいとかないし……本当に誰にも言わないで、お願い」
かなちゃんに図星を突かれて、私は明らかに動揺していた。
この関係を、荒北から始まった色んな人間関係に自ら水を差したくはなかった。
告白するなら最後に、卒業前にするつもりだ。
勇気があれば。
「あと一年もせんで卒業じゃ。それに荒北君、院行くんじゃろ」
「うん……卒業までには何とかするつもり。」
「そっか。まあうちがとやかく出来ることじゃないけぇ」
「ありがとう、ごめんね」
帰京して、荒北とは物理的な距離が出来てしまう。
それまでに何とかしなければ。
いくらコミュニケーションツールが発達したこの時代でも、流石に静岡と東京は遠い。
でもそこまで遠くない、絶妙な距離なのだ。
最後の夏休み、かなちゃんと東京観光を楽しんだ後私は実家で過ごすことにしていた。
実家でも就活のお祝いをされ、正直まんざらでもない。
やはり実家は過ごしやすすぎる。
自分で炊飯も家事もせず、ただダラダラとサブスクで映画を見ながらアイスを食べていた。
来年からはもう社会人なのだし、最後のモラトリアムを楽しむ姿としては正しいと思う。
携帯を弄っていると荒北からメッセージが入った。
『今東京いんのか』
『うん、実家いるよー』
『暇だから新宿あたりで飯いこうぜ』
荒北から帰省中にメッセージが来ることは珍しかった。
帰省中は高校の友達と走りに行ったりすることがほとんどだと聞いていたからだ。
レースで一緒だった明早大や筑士波大の人たちの顔だけは何となく覚えている。
それにしても箱根から新宿なんて遠いのにわざわざ来てくれるなんて。
いつも若干私が帰りやすいような場所やお店を選んでくれるところが荒北の良いところだ。
「都内で会うっつーのも変な感じだなァ」
「確かに。初めてじゃない?」
大学生には嬉しい安くて酔える店だ。
店内がザワザワと煩いのが心地いい。
荒北と乾杯をして飲むファジーネーブルは凄く美味しく感じた。
実家の話だったり、アキちゃんの写メを見せてもらったり。
こんな下らない話をする時間がこんなにも楽しい。
荒北に一番近い異性であることに、自負すら感じていた。
「ってか箱根ならもうすでに終電近くない?」
「新開も新宿いるっつってた気がするから最悪あいつと始発待つわ」
「ホント仲いいよねー」
「つーかお前、就活お疲れ様ァ。ここは俺が奢ってやるワ」
「え!マジで!じゃ二件目は私が出すよ!」
荒北はいらねーよ、と笑って言った。
嬉しさでグラスを空けるペースが上がる。
「荒北結局4年間彼女作んなかったよね」
「お前こそ彼氏出来なかったじゃねェか」
「私は別に、急いでないから」
「そーかよ」
まだ半年ある。
半年後にこの気持ちを伝えたら荒北はなんて顔をするんだろう。
まだもう少しだけこの想いを温めておきたい。
もう少しこの心地いい関係を楽しませて欲しかった。
グラスを5つ空けた頃にはだいぶ酔いが回っていた。
荒北は私よりお酒は強いから多分私よりは素面に近いはずだ。
酒は私を馬鹿にする。
「彼氏欲しい……」
「急いでないんじゃねェのか」
「不器用に優しくしてくれる彼氏欲しい…」
「んな奴いねーよバァカ!」
荒北はハイボールを飲んで、ポテトフライをつまんでいた。
荒北は私のことをどう思ってるんだろう。
嫌われてないはずだ。
でも彼女として私はアリなのか?
「私が彼女だったらどう?」
「お前真面目だし気ィ利くしいい彼女になんじゃねェの」
「へぇ〜!嬉しいねえ」
「何にやけてやがんだよ。変な奴」
コレはもう縁があるって思っていいの、かな???
フワフワと頭がぼやけている。
内定を貰った時とは違う高揚感でおかしくなりそうだった。
「あ、」
荒北が携帯を見て動きを止めた。
何だろう。
「……新開が潰れかけてて福ちゃんからSOSだ。新開結構強いんだけどな……」
「ここから近いの?」
「東口だから遠くはねェ」
「じゃあ行こうよ。一緒に行ってもいい?」
「お前は良いのかヨ?」
「私は全然!二件目行きたかったし!」
「ワリィな、先会計しとくからゆっくり飲めよ」
荒北が残ったお酒を飲み干して、伝票を掴んでレジに向かっていた。
私もカルーアミルクを何とか飲んで、荒北に続いた。
店を出るとむわっとした暑い空気に包まれる。
少し躓くと荒北に肩を抱かれた。
触れたところが妙に熱い。
「あぶねーから俺の腕にでも捕まってろよ」
「え、あ、ありがとう」
荒北の腕を控えめに掴む指先が冷えていた。
手冷てーよ、と悪態をつく荒北に顔が緩む。
雑居ビルについてエレベーターで4階まで上がっていく。
その時間が一瞬だけど、永遠のように感じる。
店は靴を脱ぐタイプだった。
さっき程ではないけれど、ここも中々に騒々しい。
荒北が自分のサンダルと一緒に私のサンダルまで下駄箱に仕舞ってくれていた。
奥の方に進んでいくと、そこには明らかに異常な数のグラスが並べられた卓があった。
しかも全て空になっている。
一人がテーブルに突っ伏せていて、隣のもう一人が壁に寄りかかって空を見ていた。
一人は福富君で、もう一人は多分新開君だ。
「福ちゃん大丈夫かァ?!」
「……靖友…俺の心配もしれくれよ…」
「っせェよ!自分のキャパもわかんねェのか!バァカ!」
2人の向かいに座ると新開君がゆっくりと顔を上げた。
その顔は赤いを通り越して白くなっていた。
目の前の福富君の視線がやっと私達に向いた。
とりあえず、荒北の同じ大学の友達ですと自己紹介をしておく。
たまにレース見に来てるよなと言われてしまい、認知されていることに恥ずかしくなる。
店員さんに人数を追加してもらって、私達もお酒を頼んだ。
ついでにみんなでつまめそうなものも何個か。
新開君は水を飲んで何とか回復しようとしていた。
福富君に前見たレースについて何となく質問していく。
福富君が口下手なことは荒北から聞いていた。
彼も質問に答えてくれて、話が弾んだように思える。
「あれ?」
後ろから聞こえた声に、荒北の手が止まったのが見えた。
振り向くと、背の高い女性が立っていた。
体のラインを拾いすぎないノースリーブの黒いニットワンピースに、チェーンの小さなバッグ。
そしてその手に持っている徳利が不釣り合いだった。
「新開マジで無謀すぎるよね!福ちゃんもそう思わない?」
「ゆうこ……おめさんが強すぎんだよ…」
「……」
その女性は私と荒北の後ろを通って誕生日席に座った
それから慣れた手つきで彼女のものであろうおちょこに徳利から日本酒を注いでいた。
彼女は隣にいる新開君のおちょこにも勝手に注いでいる。
「……おめさん、吐いてないだろうな」
「ちょっと化粧直してただけ!それでナンパされたからこの日本酒貰ってきたよ〜!新潟の有名な蔵で作られた限定品だって!福ちゃんも飲むよね?」
ナンパされたから…?
滅茶苦茶だ……
「ゆうこ……なんでてめェがここに…」
「それはこっちの台詞なんだけど!福ちゃん誘ったら丁度新開に誘われてたから一緒にどうだ、ってなっただけだし。荒北こそなんでいんの?それでなんで彼女連れてきたの?」
彼女…!
傍から見れば彼女に見えるんだ…
恥ずかしさのあまり少し下を向く。
「彼女じゃねェ。丁度一緒に飯食ってた友達だ」
荒北の否定は当たり前ではあるけれど、それは私の酔いを醒ますには十分な言葉だった。
「へーじゃまあ友達ちゃんも一緒に飲もう?」
かんぱーい!という声と共に私のグラスと彼女のおちょこがぶつかった。
荒北は乾杯もせずにハイボールを飲んでいた。
とりあえず自己紹介をして、彼女がゆうこさんということは分かった。
彼等とは高校の同級生らしい。
「新開潰したのはお前ェかよ」
「新開から勝負持ち掛けてきたんだもん、しょうがないじゃん」
「おめさんが全然答えてくれないからだろ」
「うるさいなーそれ取って」
荒北が漬物を彼女の前に置いた。
それを彼女が直箸で口に入れた。
「相変わらず渋すぎんだろ」
「うるさいよー。っていうか私来年から東京就職になったから!荒北は?」
「…俺は院に進学だヨ」
「ふぅん……そーなんだ」
同級生で、福富君たちと仲いいのにこの2人は連絡を取り合ってないんだろうか。
おかしい……
ゆうこさんと荒北は仲良くない、とか。
「でさ、荒北彼女出来たの?」
「作ってねェ」
「ねえ、荒北って大学でモテないの?」
「…い、いや、そんなことないと思いますよ」
「へーってかグラス空じゃん、何頼む?あと敬語やめてよ」
ゆうこさんが急に私に視線を合わせてくるから驚いた。
荒北はいつもに比べてなんだか大人しいような気がする。
それは酔っているからなのだろうか。
それから新開君が何とか正気を取り戻して、箱学時代の話だったり大学の専攻について話をした。
ゆうこさんは明早大学で、しかも福富君と同じ学部らしく驚いた。
私も知ってる話題だったり、面白い話をしてくれるので楽しかった。
ただ、何となく荒北のことだけが気がかりだった。
一旦トイレのために席を立つ。
結構酔っているみたいだ。
頭はしっかりしていると思っていたけど、結構キてる。
「あれ、トイレ被った」
「ゆうこさん、」
手を洗って化粧を直していると、個室からゆうこさんが出てきた。
ゆうこさんは手を洗ったあと、私の隣に来て鞄からリップを取り出した。
その唇が赤色で染まっていく。
「荒北はいい男だから近くにいると好きになっちゃうよね」
「え、」
「好きなんでしょ?」
「え、っと……あの…」
鏡越しに目線を合わせられて、私は動けずにいた。
射貫くような視線が痛かった。
初めて会ったのに全てを見透かされたようで怖かった。
「荒北の幉は私が握ってるの」
「え……」
「荒北が逃げ出したら好きにしていいよ」
ゆうこさんはニッコリと笑ってトイレから出て行った。
いつの間にか流れていた冷や汗が妙に冷たかった。
手が冷たくなっていた。
足から力が抜けて、私はその場にしゃがみ込んだ。
ずっとそうしている訳にもいかないので、何とか立ち上がってトイレを出た。
何とか席の前に来たのに学生集団がいて、向こうまで行けない。
「つーか新開は何のためにこいつに勝負挑んだんだよ」
荒北の声がスッと耳に入ってくる。
聞いてはいけないと、なぜか体が反応した。
「……ゆうこが何で靖友フッたのか本当の理由が聞きたかったんだ」
私が耳を塞ごうとする前に新開君の声が聞こえた。
付き合ってたんだ、二人は。
しかもゆうこさんが荒北をフッたって。
「……余計な事してんじゃねェよ」
「マジで遠距離無理なんだって!なのに新開この4年間本当にしつこかったんだからね?!だから私の得意分野で今日は捻り潰してやろって思って」
「……ゆうこの彼氏待ちをしている男、俺が知っているだけで10人いる」
「福ちゃんでそんだけ知ってるの……やべェだろ……」
「荒北に合わせてちゃんと待ってあげてんの!キャンセル待ちなの!なのにあと2年延期なんて……最悪〜!いい加減彼氏欲しい!!」
「……バカお前、俺は東京の院進むんだヨ」
その時私は床の汚れを見ていた。
誰かタバコ落としたのかな、とか削れてるな、とかそんなことを考えていた。
荒北は東京の大学院に進むらしい。
明早大の2人も知らなかったらしく、驚いた声を上げたのが聞こえた。
自分の卒業研究の分野の先駆者が東京にいるのをゼミの教授が紹介してくれたらしい。
それから勉強して、何とか合格を勝ち取ったらしい。
そしてその結果が今日届いたらしい。
「じゃあ、あと半年ぐらいなんだ」
「おー、待たせたな」
「ホントだよー!早く私の世話をして貰わないと!」
「おめさん男のタイプ、自分の世話してくれる人って言ってたもんな……」
「……お前ェには、もっとちゃんとしたとこで一番最初に教えてやろうと思ってたんだけどォ……まさかこんなとこで報告することになるとは思ってなかったワ」
視界に入っていた足がだいぶ捌けていて、やっと向こう側に行けそうだった。
軽く視線を上げると自分の席が見えてくる。
少し視線を横にずらすと、テーブルの下で荒北がゆうこさんの手を強く握っているのが見えた。
遠慮なんてない、ゆうこさんの手が少し折りたたまれてしまうぐらい強い力に見えた。
絶対に離すものかと、そういう意志すら見える。
人が捌けても、立ち竦んでいる私に4人の視線が突き刺さった。
「ごめんなさい!終バス近くて、私そろそろお暇します」
何とか振り絞った言葉だった。
もうその場にはいられなかった。
唇が震えていた。
頻りにすみません、と言って震えを誤魔化した。
新開君に荒北、ゆうこさんが気を付けてと口にしていた。
また授業でなァ、と荒北が言っていた
好きでもない女にそんなに優しくしたら、勘違いされても仕方ないよ。
それから季節は過ぎて行って、私は実家に帰っていた。
やはり実家は心地いい。
社会人は何かと慣れないこともあって、色々と大変だった。
それでも同期だったりかなちゃんだったりに愚痴って何とか保てていた。
大学4年の夏休みが空けて初めての同じ授業で、荒北が上京することをちゃんと本人から直接伝えられた。
お揃いだねーとか、そんなことを言ったような気がするけどもう覚えていない。
また落ち着いたら飯に行こうと連絡が来ていたけれど、私はもう返していない。
たまに荒北のアイコンを見て勝手に懐かしくなって、身勝手に悲しくなっていた。
かなちゃんには事の顛末を話して、一緒に泣いてもらった。
卒業まではこのまま楽しく過ごしていたいという私の意志を、かなちゃんは尊重してくれた。
結局私はこの想いに蓋をして、燻った火を消すためにゆっくり最後の半年を過ごしたのだった。
社会人として最初の一か月を駆け抜けて、やっとゴールデンウィークまで辿り着いた。
思ったより早かった気がする。
これから一人で決めて行かなきゃいけないこともあると思うと、今から責任感すら感じる。
久しぶりに荒北のアイコンを見に行くとホームの画像が変わっていた。
レジャーシートの上で眠っている女性の写真だった。
顔はハッキリ分からないけど、ゆうこさんの面影があった。
私はそのままトーク画面を開いてブロックボタンを押した。
やっと、私は前に進めるような気がしていた。