私の20代は今日で終わることとなっている。
明日から30歳だと言われても全く実感がない。
人生というのはただ時間の連続である。
今日は大学の友達が集まってくれて、オールナイトで私の誕生日を祝ってくれることとなっている。
子供がいる子も結婚している子も遠方に住んでいる子もいる中でみんな集まってくれたのは本当にありがたい
この歳にもなるとオールすることはかなり久しいことで、体力が続くかどうかが一番の懸念だ。

「ゆうこ、明日はおめでとう!!今日は朝まで楽しもう〜!」

友達の乾杯で今日は始まった。
オシャレなイタリアンは彩子が教えてくれた店である。
今日は私が主役ということで私が店を選んだのだ。
彩子は高校の後輩で、今でも月一で会う仲だ。
買い物に行ったりスパに行ったりお茶をしたりと親友といってもいいと思う。
そんな彩子も結婚するということで、何故か先月一緒に指輪を見に行った。
何故彼氏もいない私が指輪を……見ても意味ないけど……
彩子がせっかくだからとかなんとか言うのでしぶしぶ着いて行った。
仕方なく着いて行っただけだたが、色んな種類の指輪を見るのはとってもわくわくして何かノリノリで楽しんでしまった。
彩子はきゃーきゃー言う私のことを見て笑っていた。


今日集まったのは5人で、中にはかなり久しぶりに会う子もいた。
サークルの同期で、卒業してからも定期的に会うような関係だ。
私は誕生日席で、時折流れる外の暑い空気を背中で感じていた。
お互いの近況報告から始まって、そのうち大学時代の話になる。
サークルで起きた事件、面白かったことは何度話しても笑える。
アルコールのせいもあって、私は涙目になるほど笑った。

「ねえそういえば、ゆうこが高校からしばらく付き合ってた人ってどうなったの?!」

1人がそう言うと、周りもそうだそうだと同調する。
やめてくれ……と私は頭を抱えた。
それは私の中で過去になっていて、もう思い出すことすら辛いことなのだ。









友達が同じ中学校だったとのことで、私が高校二年生の時彩子を紹介された。
彩子と私はすぐに仲良くなって、彩子の部活終わり一緒に帰ったり休みの日に遊びに行くようになった。
そしてその一年後、私は流川楓に出会った。
こんな綺麗な人がいるんだな、と私は感心すらしていた。

私は志望校に入るため勉強に勤しんでいた。
自分に合う塾も分からず、私は学校での勉強を主流にしていた。
彩子の部活が終わるのに気付かない程勉強をしていて、迎えに来られたこともあった。
将来へのどうしようもない不安と、謎のプレッシャーに私は疲れていたと思う。
春の模試がボロボロだったので私はより一層勉強に力を入れていた。

その日は彩子の部活はお休みで、私はまた外が完全な闇になるまで勉強していた。
自習室に籠っていると、私の机が影に覆われた。
後ろを向くと流川楓が立っていた。

「……」
「……」

意味が分からなかったので、私達はしばらく無言で見つめ合っていたと思う。
そのうち思考が働いたので、私は流川を連れて自習室を出た。

「どうしたの?」
「……アンタ、一人で帰んのか」
「帰るけど……」
「俺も練習終わった」

だから何、と聞かなかった私を褒めて欲しいと今は思う。
先輩だし、可哀想なことを言ったらダメかなと考えたんだと思う。

「じゃあ一緒に帰ろうか」
「……っス」
「彩子が期待してる後輩が襲われたりしたら大変だし」
「……」

今言える精一杯の冗談を言ったつもりだったが無反応だった。
三井襲撃事件があったので時世にあったジョークだと思ったのだけれど……
自習室に戻って荷物をまとめながら考える。
彩子が私のことを心配して流川楓に頼んでくれたのか?
自習室を出ると流川楓が直立不動で待っていたので玄関まで一緒に歩く。

「流川くんって呼んでいい感じ?」
「っス」
「部活休みなんでしょ?練習して偉いね」
「……アンタも勉強してんだろ」
「いや私は受験あるし」
「まだ夏」
「流川くん、受験は夏から始まってんの。つまり受験はもう始まってるんだよ!」

流川くんに受験という戦争について話していると下駄箱に着いた。
誰もいないので私は下駄箱が分かれた後も話続けた。
いいか、流川くんにはバスケがあるけど私には何もないから勉強するしかないんだよ。
勉強なんて嫌だけど、遊びたいけど勉強するしかないんだよ。
私には特技もないし学歴で勝負するしかないんだから。
それに私はそこで学びたいことがあるからそこに行くしかないんだよ。

「……」
「だから勉強してるの、分かった?」

流川くんは小さな頭で頷いた。
何を話せばいいのか分からないのでとりあえず彩子との関係を聞くが、後輩だということしか分からなかった。
流川くんは自転車を押しながら私についてきた。
何を話せばいいのか分からなかったので、彩子に話すつもりだった話をした。
流川くんは聞いているか分からないがとにかく目を見て話した。
というのも流川くんがこちらをじっと見てくるからだ。
目を逸らしたら負けだと思った。
家の前まで来たのでここでお別れとなった。
ここが家です、と紹介すると流川くんは家のてっぺんから地面までを見た。

「今日わざわざごめんね。彩子に頼まれたとはいえこんなとこまで」
「家遠くないっス」
「そうなんだ」
「あと、俺が勝手に来たんで」
「え、」
「また来る」

そう言うと流川くんはチャリに乗って帰っていった。
あの流川楓が勝手に私の自習を待っていた。
その意味が分からない程私はバカではない。
だけどもそれだけで自惚れるのは早いことも分かっていた。




「流川、どうです〜?」

久しぶりに彩子と一緒に帰る。
一発目にニヤニヤしながらそんなことを聞いてきたので私は口を噤んだ。
彩子の肩を軽く殴ると彩子は笑った。

「どうって……やっぱり彩子か」
「あたしは別に。流川が言ってきたんですよ、これからは俺が行くって」
「………」
「問い詰めてもゆうこさんのどこが好きなのか言わないんですよ、あいつ」
「……やめてよ……恥ずかしくって死ぬ」
「ゆうこさん、付き合ったらすぐ教えてくださいよ!絶対ですからね!」

その日私は雑念を振り払うために深夜まで勉強して、親に怒られた。
私は志望校に受かれば関西に行くことになっていた。
そして流川くんはどうやらアメリカに行きたいらしい。
付き合ったとしても、終わりが見えている。
始まれば、終わりは来てしまうのだ。

夏休みにバスケの大きな大会があったようだが、私は見に行くこともなく自習室に籠って先生に課題を出し続けてもらう日々を過ごしていた。
日が伸びていたから日が沈む前には自宅に帰って、ごはんを食べたらまた勉強する生活を送っていた。
その日はご飯を食べて、アイスを食べながらさっきまで解いていた問題の復習を頭の中で巡らせていた。
お母さんが花火でも見てきたらと言ってきたが私は断った。
今日は少し離れたとこにある神社で小さなお祭りをやっていて、そこで何発か花火が上がるのだ。
時間が合う年には見に行ってた程度のものなので、今から頑張って準備して行くほどではない。
もし私が第一志望に合格したら地元を離れることにはなるが、夏休みぐらいは帰省するし、来年見ればいいかなと考えていた。

玄関のチャイムが鳴って、お母さんが対応していた。
アイスも食べ終わったしまた勉強でもするか〜

「ゆうこ!とんでもないイケメン来てる!」

お母さんが走ってリビングまで帰ってきた。
とんでもないイケメンといえば、思い当たるのは1人しかいない。
私も玄関まで少し急いで、扉を開けるとそこには想定通り流川くんがいた。
無地のTシャツにジーパンを履いていた。
こんな初期装備みたいな恰好でもイケメンだと様になる。

「花火、見に、行きませんか」
「……」
「……ダメっスか」
「……じゃあちょっと待っててくれる?」

お母さんに声をかけて、私は自室まで急いだ。
流川くんはリビングに招かれていて、お茶かジュースか何がいい?などと聞かれていた。
……別に彼氏でも何でもないんだけどな。
ワンピースに着替えて、軽くだけ化粧した。
洗面所に急いで、髪を緩く巻いてまとめた。

「ごめん、お待たせ」

流川くんは椅子に座らされていて、テーブルを挟んで座る両親から質問責めされていた。
流川くんの後ろから登場すると、流川くんは振り返ってびっくりしたように立ち上がった。
急に私が現れたからビックリしたらしい。
じゃあちょっと行ってくるからと声を掛けて家を出た。

こうして会うのは一か月ぶりぐらいで、なんだかとっても久しぶりのように感じる。
一か月ぐらいでこんなに久しく思うなら、遠距離なんて絶対できないな。
家を出てから神社まで向かう。
流川くんはいつも歩幅を狭くして、私のペースに着いてきてくれる。
お互い黙ったままだったけれど不思議と緊張はしていなかった。
車も人もいない交差点、赤信号で止まって私はようやく流川くんを見る。

「会いたかったっス、滅茶苦茶」
「ふっ……珍しいね、流川くんがそういうこと言うの」
「いつも思ってる」

流川くんは私の目をじっと見てそう言った。
いつも流川くんは私を見がちではあるが、その日は眼力が更に強くなっているように感じた。
信号が青になったので歩き始めた。
次第に人が多くなっているような気がする。
花火までもう少し時間がある。
私は花火を毎年見てる秘密の場所に流川くんを案内した。
出店も何もない小さな公園なのだけれど、少しだけ高いところにあって花火が綺麗に見えるのだ。
人も少なくていい感じなのだ。
ベンチに座ると流川君は徐に私の手を握った。
身体的接触は初めてだったのでびっくりしたが、年上なので表には出さなかった。

「いつまでに結婚したいスか」
「えー30までにはしたいかなあ。30ぐらいまでは仕事頑張ってみたいし」
「プロポーズに何して欲しいスか」
「やっぱり指輪とか薔薇とか憧れちゃうけど、好み変わるかもしれないしその時によるんじゃない?」
「わかったっス」

何がわかったんだ?と思っているうちに花火が始まった。
去年も見に行ったけども、花火はとってもきれいだった。
ただの化学反応のくせに。
頭の中に元素記号が流れてくるのは許してほしい。

「今日もだけど、すげーカワイイ」

花火が上がる騒音の隙間に、流川くんはそう言った。
は?!と思って私は思わず顔を流川くんに向けた。
流川くんは花火など最初から見ていなかったようで、視線は私に固定されていた。

「どうした流川くん、なんかあったの?」
「オレと付き合って」
「ちょっと急すぎてついて行けない」
「オレは絶対アンタのこと諦めないから、今付き合って」

何なんだ……一体なんだっていうんだ。
確かに流川くんは私のことを好きかもしれないと思ってはいたが、急にどうしたんだ。
急展開すぎる。

「っていうかなんで私なの。私、急に迎えに来てくれた日まで流川くんと接点なかったと思うけど」
「……春ぐらいに、アンタが中庭で泣いてんの見て。泣きながら走って、転んで泣いてんの見たら忘れらんなくなった」
「見てたの?!」

私は春の模試の結果が最悪過ぎて、放課後誰もいない中庭で1人、悔しすぎて泣いた日があった。
そしてどうしようもない衝動を発散させるために走ってみたが、何せ運動神経が普通なので足が絡んで転んだ。
転んだ自分も情けなくて、少し声が出るぐらい泣いた。
しばらく泣いてみたが泣いても仕方がないので、顔を洗って自習室に向かった。
膝に傷が出来てしばらく痛かった。

そしてその一部始終を見られていたなんて……恥ずかしすぎる。
穴があったら入りたいとはこのことである。

「流川くん、私達たぶん自然消滅すると思うよ」
「そうさせねー」
「実家でたら電話なんて出来ないかもだし、流川くんがアメリカ行ったらもっと連絡なんて取れなくなるよ」
「連絡取れなくてもいい、ゆうこさんがこの世にいればいい」
「……なんつー口説き文句…」
「オレがゆうこさんのこと嫌いになることは絶対ねーから」

あまりにも強い言葉を浴びすぎてクラクラした。
そうだった私も十分に流川くんの事が好きになっていた。
遠距離になることを心配して、始まらせたくないと思う程。
私はこの関係性が壊れることを恐れていた。

「……毎年ここで会うのはどうスか」
「……」
「オレ来れる年は絶対来るんで。どんなに連絡取れなくても、ここで会えばいいんじゃないっスか」
「そしたらそのうち簡単に連絡取れるような時代になるかな」
「絶対なるっス」

未来のことなんて何も分からないのに、流川くんが強くそう言ったので思わず笑った。
じゃあお願いします、と私が言うと骨が折れるんじゃないかというぐらい強く、流川くんは私を抱き締めた。
締め上げられて中身が出そうだった。
流川くんは少し体を離したかと思うと、そのまま私の唇を奪った。

「ちょっと?!」
「……」
「流川くんってそんな感じなんだ?!」
「……ゆうこさんが悪いス」
「何が?!」

私が怒っていると流川くんは笑った。
笑顔を見るのは久しぶりだった。

「ゆうこさん、好き」

流川くんがそう言ったのを、私は死ぬまで覚えていると思う。


2学期が始まって、私は彩子に事の顛末を話した。
彩子はニヤニヤしながら聞いていた。
しかしこれが公になると親衛隊やらファンやらがうるさくなるので、これは私達だけの秘密にしてもらうことにした。
2学期が始まっても私は変わらず授業が終われば自習室に籠って勉強に勤しんだ。
変わったのは毎日当然のように流川くんがお迎えに来て、最後にキスをされるぐらいだ。
この流川楓という男はでかい犬のようだった。

過去問に取り組むようになってからは時が光のように過ぎた。
日はどんどん短くなって、着る服の枚数は増えて行った。
そのうち2学期も終わってしまって、短い冬休みが始まった。
私はまた自習室に籠って過去問を解き続けた。
センター試験までもうすぐで、私はピリピリしていたと思う。

「ゆうこさん、来年初詣行きたい」
「そっか、かえちゃん誕生日じゃん!」
「朝4時に迎えに行くから、初日の出見に行こ」

今日からは1週間ほど自習室が使えなくなってしまうので、それまでは家で缶詰になることになっていた。
なので今年かえちゃんと会うのは今日が最後だった。
流川くんと呼んでいたが名前で呼べとのことで、かえちゃん、に落ち着いたのはまた別の話だ。
良いお年を、を言い合って私は家に入った。

大晦日は早めに勉強を終わらせて早く布団に入った。
朝4時にかえちゃんが来ることを親に伝えると、ニヤニヤして気を付けてねと言われた。
真っ暗な中目覚めて準備をした。
準備が終わったぐらいでチャイムが鳴った。
忘れものがないことを確認して外に出た。
外には黒い短いダウンにジーパンを履いたかえちゃんがいた。
やっぱり初期装備でも決まってるな……

手を繋いで、夏に行った神社に向かった。
朝が早すぎてほとんど人はいなかった。
まだ暗い神社に失礼して、お参りをした。
何を祈ったのか、今では思い出せない。
そうしてからあの公園に向かうと、ちょうど初日の出が拝めた。
公園には誰もいなくて、私とかえちゃんだけの世界だった。
暗い時には分からなかったが、寒さでかえちゃんの鼻と頬は赤くなっていた。

「かえちゃんお誕生日おめでとう」
「あざす」
「これ、プレゼントどうぞ」
「っス」

お年玉とお小遣いをフル稼働させて、ネックレスを選んだ。
高校生の私にとってはとんでもなく高価な買い物だった。
正直言うと、来年からは本当に会えるのか分からない。
いつこの関係が終わるか分からない。
かえちゃんはいつまで日本にいるか分からないし、私はちゃんと夏祭りの日に帰ることが出来るか分からない。
だからせめて、長く手元に残るものを選びたかった。
私のことを忘れないで欲しいという、エゴから来た選択だった。
かえちゃんはプレゼントを見て、硬直してから私に抱き着いた。

「一生大切にする」
「ありがとね、多分ネックレスも喜んでるよ」
「ちげー、ゆうこさんのこと一生大切にするってこと」
「あ、そっちか」

ネックレスを付けてあげるとかえちゃんが少し口角を上げた。
それから家に帰ると、お母さんがかえちゃんを家に招いた。
お雑煮を一緒に食べた。
かえちゃんの食べっぷりにお母さんは喜んでいた。
ひと段落ついたところで、かえちゃんが唐突に立ち上がって頭を垂れた。

「娘さんを、一生大切にします」

突然の出来事に私は箸を落とし、お母さんはコップを落とし、お父さんはお茶をこぼした。

「何言ってんの?!」
「思ったこと言っただけ」
「まだ早いから!まだ付き合って全然じゃん!」
「じゃあまた10年後ぐらいに言いに来る」
「待ってよかえちゃん、私まだ展開に着いて行けてないよ」
「じゃあごちそうさまでした。お邪魔しました」

かえちゃんは律儀に挨拶して、そのまま帰っていった。
何だったんだ……
お父さんもどういうことだ?と言っていて、お母さんにも何があった?と言われてしまった。
それは私が聞きたいよ……

衝撃が強すぎたので元日は休養日にして、翌日からまた勉強に打ち込んだ。
センター試験の前日も自習室に詰めていたのでかえちゃんと一緒に帰った。
別れ際にぜってー勝て、と言われて笑ってしまった。

センター試験を何とか終わらせた。
自己採点の結果だと足切りはクリアできそうだった。
そのうちに私立大学の入試が始まった。
第一志望に受からなければ、私は関東の私立大学に入学することになっていた。
結局は二次試験の練習なので、気を張らずに受けることが出来た。
一次選抜合格のお知らせが来た頃には、何個かすでに合格通知をもらっていた。

二次試験のために私は前泊することになっていた。
お母さんが一緒に着いてきてくれた。
かえちゃんが出発日の早朝に家まで来てくれて、お守りをくれた。
学業で有名な神社の名前が刻まれていて、私は胸が熱くなった。

二次試験を終えれば、あとはもう春を待つだけだった。
私は初めてバスケ部の練習を見に行った。
見学している人が沢山いて、すごいな〜など呑気に思った。
入口の近くで私はかえちゃんが桜木くん?と喧嘩しながら練習しているのを見ていた。
クラスメイトの小暮くんがいたので会釈をしておいた。
かえちゃんは人混みの中から私を見付けると、信じられない速度で私に向かってダッシュしてきた。
周りの人たちが何何?!と騒いでいた。
かえちゃんの後ろで、誰かがかえちゃんに怒っている声が聞こえた。
かえちゃんはゆっくりと私に手を伸ばして、私の頬に手を滑らせた。

「ゆうこさん、カワイイ。好き」
「……これお土産だから!みんなで食べて!怒られてるよ!戻って!いいから!戻って!」

かえちゃんは少しだけ眉を下げて練習に戻っていった。
なんてことを……
そういえば流川楓は突拍子もない男だった。
私が行動を予測できなかったのが悪い。
その後彩子が来て、見せつけてくれるじゃないですか〜と言ってきたのでパンチした。
彩子に有名は脂取り紙セットをあげると喜んでくれた。

バスケ部の練習がある日には練習を見に行ったり友達と過ごしたり、私はようやくかえちゃん意外の人との交流を再開させた。
すぐに卒業式が来て、私達は最後の別れを悲しんだ。
私はまだ結果が来ていなかったので進路は未定だった。
一年生は来なくてもいいのにかえちゃんが在校生として卒業式に参加していた。

「ゆうこさん」

親と写真も撮って、クラスでの集まりが終わった。
もうそろそろ帰ろうかなーと思っているとかえちゃんが私を呼び止めた。

「……リボン、ください」
「え!いいよ、こんなんでよければ」
「家宝にする」
「しなくていいよ」

かえちゃんはリボンを丁寧に畳んで、ポケットに入れた。
帰り際にお母さんがかえちゃんとの写真を撮ってくれた。
私もこれ家宝にする。

結果発表の日、私は学校に来ていた。
お世話になった先生たちが結果を一緒に聞かせてくれないかと言ってくれたのだ。
正直親と知るのは緊張してしまうので、先生といるぐらいがちょうどよかった。
学校に着くとバスケ部がまた練習していた。
今日はギャラリーがほとんどいなくて、静かだった。
かえちゃんが私をじっとみて、口パクでがんばれと言った。
時間まで練習を見て、私は職員室まで向かった。
合格発表者の掲示板を見に行くことは出来ないので、電話の自動応答で結果を教えてもらうのだ。
職員室の電話を借りて、電話を掛ける。
自動音声が流れて自分の受験番号を入力した。
スピーカーにしていたので先生たちが祈るように手を合わせていた。

合格ですと流れた瞬間、職員室はお祭りみたいに盛り上がった。
私はまだ信じられなくて、大きな声も出せなくて、ただ受話器をゆっくり戻した。
先生たちがおめでとうと言ってくれて、中には涙を流してくれている先生もいて、ようやく、やっと実感が沸いてきた。
嬉しすぎて、なんだか意味が分からなかった。
かえちゃんに、伝えないと。

私は階段を駆け下りて、体育館まで走った。
スリッパを脱いで、靴を履くことすら億劫だった。
足がもつれてまた転びそうになったけれど、何とか耐えた。
乱雑に靴を脱いで、体育館に転がり込んだ。
丁度休憩していたらしく、かえちゃんがまた凄いスピードで駆け寄ってきた。

「受かったよ!かえちゃん、私受かったよ!」

涙が流れてきて、かえちゃんがそれを拭っていた。
かえちゃんが私をぎゅうっと抱き締めて、それから頭を沢山撫でてくれた。
彩子も駆け寄ってきて、彩子も後ろから私を抱き締めてくれた。

「ゆうこさん凄いよ!!ゆうこさん、ほんっとうに頑張ってたもん!!本当に凄いよ!!」

彩子もなぜか泣いてくれていて、それを見てさらに泣いた。
第一志望に受かるということは、私はこの地を発つということだ。
それでもその時は、ただ喜びに浸っていた。


それからはもう忙しくって、練習をみにいくどころではなくなってしまった。
まず入学の手続きを済ませた。
それから入寮の手続きをして、家具の候補を挙げて。
引っ越しの見積もりを出してもらって、日付を決めて、荷物をまとめて。
寮なので自室に電話は引けないようだ。
ポケベルを買って貰ったが本当に緊急時用でしか使わなさそうだ。

やっとかえちゃんに会えたのは引っ越しの前日だった。
バスケ部の練習を見て、一緒に帰った。

「かえちゃん、今までありがとう」
「……別れるつもりスか」
「違くて、遠くになっちゃうから、今まで近くで過ごしてくれてありがとうってこと」
「……別に」
「かえちゃん、他に好きな子ができたら私のことは忘れていいからね」
「冗談でもありえねー」
「あとこれポケベルの番号、一応教えておくけど」
「……」
「最後にぎゅっとしてくれる?それだけで頑張れるから」

かえちゃんは私をじっとみて、それから力の限り抱き締めた。
もう明日からはこうして会うこともできない、どうでもいいことを話すこともできない。
かえちゃんがバスケをする姿を見ることは出来ない。
そして今後一生そうなのかもしれない。
かえちゃんは体を離して、最後に一つキスを落とした。
多分、これが最後になると思って、私は足早に家に入った。
涙が瞼の縁まで来ていて、私は自室へ走った。
好きだった、大好きだった、どうしようもないほどに。






新しい土地に慣れるまでには時間が掛かった。
それでも何とかやれているのは、周りの人たちが良い人達だったからだと思う。
ポケベルは一応持ってはいるものの、全く使うことはなかった。
サークルに入って、バイトを始めて、私は大学生活を楽しんでいた。
大学で聞かれることと言えば、恋人がいるかどうかだ。
まあいるといえばいるが、もうどうなっているかは分からない。
一応……と言うのが私の回答のテンプレになった。

単位を順調に取って、大学の長い夏休みがやってきた。
私は喫茶店のバイトと家庭教師のバイトをフルで詰め込んだ。
サークルの合宿にも参加して、私はアルコールの恐ろしさを知った。
私はあのお祭りの日に合わせて帰省することにした。

久しぶりに帰った実家は、変わっていなくて安心した。
お母さんたちがかえちゃんについて聞いてこないのをありがたく思った。
私はまた去年のように着替えて、身だしなみを整えて外に出た。
去年と同じ道を今度は1人で歩いた。
動悸が激しくて、吐きそうだった。
かえちゃんがいることを期待している自分と、いないだろうとすでに諦めている自分がいた。
公園は去年と変わらず人はまばらだった。
でも、その中にひときわ目立つ影があった。

「かえちゃん」

私は小さく呟いたつもりだったのに、かえちゃんは私の声を拾ったみたいで、私の方に顔を向けた。
去年よりも背が高くなって、体が大きくなったような気がする。

「ゆうこさん、」

かえちゃんは私に近付くと私の腕やら顔やらを触って、実在しているか確かめていた。

「ちゃんとここにいるよ」
「ホントだ……」
「来てくれたんだね、ありがと」

それから私は大学の話をして、かえちゃんは大会の話をしてくれた。
バスケの話をしてくれて、私は嬉しかった。
言葉が少ないながらも、バスケを楽しんでいることが良く分かった。

「浮気してないスか」
「してないよ」
「俺もしてないス」

かえちゃんと手を繋いで花火を見てると時間はあっという間に過ぎた。
そうしてからまた家まで送ってくれた。

「ゆうこさん」
「んー?」
「オレもぎゅっとして欲しいっス」
「!」
「それだけでオレも頑張れる」

私は力いっぱいかえちゃんを抱き締めた。
そうすればかえちゃんは私を抱き締め返した。
暗くて、影が一つになって、このまま死んでしまいたいとすら思った。
しばらくそうした後、腕を離すとかえちゃんが私にキスを落とした。
好きだった、大好きだった、途轍もなく途方もなく。





それから私はまた寮に戻って普段の生活を送り始めた。
受けたかった教授の授業を受けることができて、私は入学してよかったなと思っていた。
私は勉強が嫌いだけれども、好きな分野に関することについては苦痛に思わなかった。
サークルでは先輩に告白されたこともあったが、かえちゃんとはまだ付き合っているようだしお断りした。
年末年始は友達と過ごした。
なんだかこの一年は新しいことが沢山あって、目まぐるしく終わってしまった。

私は二年生になっても変わらない日々を過ごした。
そしてまた夏休みの帰省は去年と同じ日に設定した。
同じようにしてあの公園まで行くと、そこにかえちゃんはいなかった。
相変わらず人はまばらで、私は一人で花火を見た。
ただの化学反応のくせに相変わらず綺麗だった。
涙は出なかった。
いつかはそうなると覚悟はしていた。
何か事情があったのかもしれないと思ったが、私は今日この日だけを頼りにかえちゃんを信じていた。
だから今日がこうして終わったということは、そういうことなのだ。
縁がなかったのだと、そう思うことにした。
そうじゃないと、自分の心を保てそうになかった。

寮に帰ってからも生活は続いていく。
私は変わらず普段通りに過ごした。
そのまま順調に3年になって、私は希望していたゼミに入ることが出来た。
友達ともうまくやれていて、ずっと仲良くできたらなーなんて考えた。
帰省の時期をずらすのも面倒で、私はまた同じ日に帰省の予定を立てた。
帰る一週間前、謎のメッセージがポケベルに入っていたが私には解読できなかった。
友達に相談したところ、番号を間違えたんじゃないかという結論に至った。

またあの公園に来ても、去年と同じようにかえちゃんはいなかった。
もはや安心すらしている自分がいた。
もうかえちゃんとは本当の本当に終わったんだ。
かえちゃんに思いを馳せることもないし、かえちゃんのことを勝手に心配することもなければ、かえちゃんのことをもう考えることもない。
花火を見ても綺麗だなと思うことしかできなくて、私は早々に帰った。
関西に帰って、私は初めて友達にかえちゃんのことを打ち明けることができた。

私は大学院に進学することにして、教授に引き続き研究を見て貰うことになった。
4年では卒業研究もまとめなくてはいけなくて、サークルと研究ばかりの生活を過ごした。
友達と北海道に旅行に行ったり沖縄に行ってみたりして、私は学部生最後の夏休みを満喫した。
帰省はしなかった。
中間発表が秋だからというと言い訳になってしまうだろうか。
年末年始も友達と過ごした。
何とか卒業研究を終えて大学院の試験も終えて、私は春休みを満喫した。
春休みに帰省して、親に顔も見せることができた。

それからはまた同じように研究漬けの日々を過ごした。
夏休みもバイト漬けで、たまにコンサートに行ってみたりするぐらいだ。
大学院も2年になって就活をすることになった。
私の専攻研究が生かせそうで、研究も続けることが出来るような企業を見付けることができた。
何とか就活を成功させたので、私はまた関東に戻ることになった。

その頃には彼氏も出来ていて、かえちゃんのことはもう過去のことにすることができていたと思う。
彼も関東に就職だったので、関係を続けることが出来た。
それでも仕事を続ける中で、彼が私に家庭に入ってほしいと言い始めたので交際は終了することとなってしまったが。
彩子と再会したのは働き始めて1年後ぐらいだったと思う。
住んでいる駅が隣だったようで、電車内でバッタリあったのだ。
その頃にはPHSを持っていたので、すぐに連絡先を交換した。
タイムラグなど感じさせないぐらい私達は自然にまた仲良くなった。
かえちゃんとのことも軽く説明したので、それ以降彩子が突っ込んでくることはなかった。




「もう過去のこと聞かないで!終わったことなんだから!」
「でもめっちゃ素敵だよね〜!青春すぎる」

結構アルコールが入っていて、すぐに言葉が出てこなかった。
私は酒を煽って、それを返事とした。
かえちゃんが本当に遠くにいってしまったと気付いたのはテレビでかえちゃんが紹介された時だった。
その時私は当時の彼氏とテレビを見ていたら、突然出てきたものだからビックリしてコップを割った。
それからかえちゃんは知らない人は居ない程に有名になってしまった。
桜木くんと2人でNBAで頑張っているらしい。
毎日と言っていいほど2人のニュースが流れてくる。
2人でインタビューに答えている動画を見ると懐かしい気持ちになる。
いつも喧嘩してたなーとか、ライバルなんだなーとか思うのだ。
なんだか誇らしいような、なんだか寂しいような。
何とも言えない気持ちになってしまう。
そしてかえちゃんは当然のようにスキャンダルも報道されていたし、なんだかすごい人になってしまったんだなあ。

今は仕事も楽しいし、友達もいて楽しく過ごしていると思う。
結婚も今すぐしたいとは思わないし、しばらくこのままでいいかな。

「誕生日おめでとうございます!」

店員さんがケーキを持って現れた。
私の前にホールケーキが置かれた。
もう結構食べてるけど、ここからホールケーキ?
友達が私の写真を撮ってくれるのでポーズをとる。
ケーキにはイチゴが沢山乗っていて、プレートには祝30代と書いてある。
まだなってない!

ケーキを見ていると背中に外からの熱風を感じた。
ケーキに乗っているイチゴの数を数えていると、私のケーキが影に覆われた。
顔を上げると友達たちが私の頭のさらに上を見ていた。
私もつられて顔を上げると、そこには流川楓が立っていた。
昔もとってもかっこよかったけれど、さらにかっこよくなっている。
意味が分からなくて、私達はしばらく無言で見つめ合っていたと思う。

「間に合った」
「……は?」

かえちゃんは手に握っていただろう紙を徐に押し付けてきた。
首を戻して紙を受け取り、恐る恐る紙を開いた。
両サイドにいた友達が一緒に覗き込んでくれた。

「婚姻届……」

私はもう声が出なかったので、代わりに友達がそう呟いた。
スーパースター突然の登場、そしてそこからの奇行に、店内は静まり返っていた。
友達の声がやけに響いた気がした。
本当に意味が分からない。

「どあほうと彩子先輩に証人になってもらったっス」

かえちゃんの声が上から降ってきた。
彩子貴様仕組んだな?!
私が婚姻届を持って茫然としていると、かえちゃんが私の横に移動してきた。
ポケットから指輪ケースを取り出している。
かえちゃんがそれを開くと、見たことない程大きいダイヤモンドが付いた指輪が鎮座していた。
よく見るとかえちゃんはスーツを着ているし、薔薇の花束を手にしていた。

「あと一時間しかないから出しに行きたいっス」
「なに言ってんの?!」

ようやく言葉が出た。
私は怒りのあまり立ち上がった。
何を、何を考えているんだこの男は。
約10年ぶりに現れたかと思えば求婚してきやがった。
何を言っているのか、私の頭では理解できなかった。

「私達、もうとっくのとうに終わってるじゃん」
「勝手に終わらせたのはゆうこさんだろ。オレはアンタ以外と結婚するつもりはない」
「じゃあなんで10年ぐらい連絡してくれなかったの!」
「連絡先わかんなかったっス。この前雑誌のインタビューでゆうこさんのこと迎えに行くって言っといた。だからいつアンタが来てもいいように広い家も買ったし家具も揃えてある」
「何、言ってんの……意味わかんないよ本当に」

意味は分からないけど涙が出た。
怒りで流れたのか、それとも違うのかは分からない。

「スタメンで出れるようになったし、今のオレならゆうこさんと結婚してもいいだろ」
「そういう問題じゃないから……結婚って好きな人同士が色々乗り越えてするもんなんだよ?」
「じゃあ問題ねー」
「私の気持ち確認しないの?!」
「じゃあ嫌いなのか、オレのこと」
「何でそんなずるい質問するの……」

頭を抱えたくなった。
かえちゃんは私の顔を覗き込んで涙を拭った。
じっと目を見てくるので、逸らしたら私の負けだ。

「カワイイ」
「!」
「ゆうこさんが宇宙で一番カワイイ」
「絆されないから!離して!」
「ゆうこさん、好き、結婚して」

私は結局のところこの言葉に弱い。
油断しているとかえちゃんが私の左手の薬指に指輪をサッと付けてきた。
サイズぴったりなんだけど……
……これも貴様なのか彩子?!

「仕事やめないし家事もしてあげないしかえちゃんに隠れて浮気するかも」
「ゆうこさんがこの世にいればいい」
「なんつー口説き文句……」

なんだか昔に聞いたことがあるような気もする。
もう昔のこと過ぎて思い出せない。

「だから結婚して」

どうせこの男は私が頷くまで追いかけてくる。
いつも唐突で突拍子もなくて嵐みたいに私のことを乱していく。
どうしようもない、日本語が通じない、自分の都合ばかり。
それでも私のことをずっと待っていた。
貴重なオフシーズンにわざわざこんなとこまで来て。

「……どこに出しに行くの」

私がそう言うとかえちゃんは財布からお札を数枚出して机に置いた。

「ゆうこさんは貰っていくんで」

かえちゃんはそう言って私をお姫様抱っこして、私の荷物をひったくって走り出した。

「降ろして!歩けるから!降ろして!かえちゃん!言うこと聞いて!」
「いやっス。もう逃げられたくないんで」
「かえちゃん、降ろして、お願いだから……私もう外歩けないよ……」
「外でなくていいス。オレん家にいればいい」

あーもうだめだ。
週明け仕事、大丈夫かな。
かえちゃんはそのまま夜間入り口から市役所に入って、ようやく私を下した。
かえちゃんに見られながら住所と名前を書いた。
瞳孔が開いていて怖かった。
窓口に出しに行くと、受付の方が驚いて声を出した。
身分証を見せると、ようやく受理されたようだ。

「かえちゃん……私まだ信じられてないんだけど……」

俯いた私を覗き込んで、かえちゃんがそのまま触れるほどのキスをしてきた。

「何してんの?!」
「信じらんねーんだろ。じゃあ信じさせる」
「今日はもういいから……今日はもう帰る疲れたから」
「ダメ。オレが泊まってるホテルに連れてく」

あーもう……滅茶苦茶だよ。
かえちゃんはタクシーの中で、何故あの日行けなかったのかを説明してくれた。
強化選手に選ばれていたり、アメリカに短期留学に行ったりしていたようだ。
仕方かなったことだったことに私は安心していた。
あの日、泣けなかった自分に教えてあげたいと思った。
かえちゃんは私の端末を使って自分の連絡先を登録していた。

「ゆうこさん」
「んー?」
「好き、」
「ありがと」

私も好きです、大好きです、あなたのことが何よりも。
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