カラスバさんには奥様(仮)がいる。
事務所で見たことはないが、多分オフの時に街中でカラスバさんが女性と歩いているのを見たことがある。
背は低めで、可愛らしくて、カラスバさんに守られて生きているんだろうなと思った。

「え!私も見たよ!その女性!」
「奥さんっぽいよね」
「でもカラスバさんが結婚してるのなんか意外」

デウロとタウニーに話をすれば、彼女たちも見かけたことがあるようだ。
次見かけたら話しかけてみようとなって、じゃんけんで負けたので俺が声をかけることになってしまった。
バトルだと二人が不利だからとじゃんけんで決められてしまったのだ……

そしてその日はやってきた。
カラスバさんはいつものスーツではなくて白いシャツに下は黒いパンツを履いている。
髪をきっちり整えていないからなのか、いつもより少し幼い印象だ。
こんなことは口が避けても言えないが……
今日もまた隣には奥様(仮)がいらっしゃる。
細かい花柄のワンピースは、首元が開いていてレースで飾られている。
こんな女性らしいかわいい方が何故反◯会勢力のボスと結婚なんか……

「カラスバさん!偶然ですね!」
「キョウヤか、相変わらず元気やなあ」

カラスバさんの後ろで奥様(仮)が深く頭を下げた。
正面からちゃんと見ると、やはり可愛らしくてそして美しい方だ。
どうしてカラスバさんと結婚なんか……いやまだ奥様と決まったわけじゃないけども。

「どうせなら一緒に昼飯どうや?うちのモンも一緒でええならやけど」
「え!いいんですか!じゃあお言葉に甘えて!」

奥様(仮)も微笑んでいる。
俺達3人はそのままなんだか高そうな店に入り、そのまま個室まで直行した。
途中カラスバさんは歩きながら店員さんに一言言っていたが俺と奥様(仮)はただ着いていくだけだ。
なんかこれ、俺大丈夫か?
最悪バトルになれば逆になんとかなるけど……

「で、うちのモンについて聞きたいんやろ?なんでも聞いたってや」

うわバレてるし……!
やっぱりそうか…だから個室……

「え、じゃあ……そちらの方は奥様ですか?」
「そうやで。いつ籍入れたかは忘れてもうたけどな」
「なんで結婚したんですか?俺まだ結婚とか全然考えられなくて」
「なんでって……そんなんわかるやろ。使えるからや」
「えぇ……」

俺はドン引きしていた。
カラスバさんにも愛情とかあるのかと思った俺がバカだった。

「冗談やって。そんな引かんでもええやん」
「カラスバさんが言うと冗談に聞こえまえませんって」
「愛してるからとか俺が言うたらキモすぎやろ?」
「別にそんなことないですけど、カラスバさんって人を愛する気持ちがあるんだって思うだけですよ」
「そんなふうに思われてるんショックやわ」

カラスバさんはわざとらしく眉を下げた。
奥様は相変わらずゆるく笑みを浮かべていた。
本人はこの会話を聞いてどう思っているのだろう……
そんなことを考えていれば豪華な前菜が運ばれてくる。
そのまま俺は手をつける。
高級店の味だ。

「奥様のどこが好きなんですか?」
「俺の言う事聞いてくれるとこやな」
「家事とかどうしてるんですか?」
「それはウチのは全部やっとるわ。食事から洗濯掃除、管理まで全部コイツの仕事や」

色々聞いてわかったことは、奥様はカラスバさんの奴隷のようであるということだ。
家から出さない、家のことばかりして、ポケモンを持てない、外出はカラスバさんと。
奥様という名の奴隷か……?と言いはしなかったが顔には出ていたと思う。
カラスバさんが電話で少し席を外したので、その隙に俺は奥様に話しかけた。

「大丈夫ですか?あの人と生活して……」
「ご心配ありがとうございます。こちらこそうちの主人がいつもお世話になっているようでありがとうございます」
「俺は別にそんな……ただ奥様が辛くないかなんか心配になっちゃって」
「いいんです。キョウヤさん、主人をよろしくお願いします。あと噂のMZ団って他に誰がいらっしゃるんですか?」
「俺とタウニーと、デウロと……」
「結構いらっしゃるのですね。ご挨拶させていただきたいのに忘れそうだわ……」
「あ!今最近作った名刺持ってるんでメンバー書いときますよ!」

カラスバさんが帰ってきてしまったので、その後すぐに会話は終了となった。
そしてその翌日、カラスバさんから俺に奥様を知らないかと連絡が来たのだった。












カラスバは本当にカスである。
反社だからカスなのは確定だけど、モラハラに限りなく近い奴だった。
私と彼は小さい時から知り合いで、私は両親を早くに亡くして孤児院で育った。
カラスバとはその頃に出会って、お互いの不遇を励まし合ってきた。
気付けばカラスバは反社になっていて、私は平凡な生活を送っていた。
3匹程度のポケモンと仲良く慎ましく暮らしていた。
決して裕福ではないけれど、小さな幸せをたくさん見つけて穏やかに過ごしていた。
そこにカラスバが突然入り込んできて、私の生活は一変してしまった。
私はポケモンを没収されて、家にほぼ軟禁状態。
買い物は全部ネットで済ますように決められ、外出も一人では許されなかった。
眼の前で婚姻届を書くように言われ、断れなかった。
あんな顔で見られたら断りたくてもできない。
私がミスをすれば俺の金で生活しとるのに……と嫌味を言われることもあった。
頼んでないっつーの。
私は絶対謝りたくないのでこちらも舌打ちをして会話終了となるのがいつもの流れだ。
なので家の空気は常に最悪であり、そこになんのゆとりもない殺伐としたものであった。

その日私とカラスバはミアレを救った英雄に話しかけられた。
キョウヤさんの話はカラスバがよくしていたので、存在は認識していた。
その方が私たちに話しかけてくれたのだ。
キョウヤさんは私とカラスバについて聞いてきた。
カラスバはあいも変わらずムカつく返答をしてやがった。
もうダメかもしれない。
ムカツキすぎた。
この男に一泡吹かせて離婚してやる。
絶対に!!!!











ゆうこがいないことに気付いたのは朝起きてすぐだった。
いつも先に起きて朝食を作ってくれているのにその香りがしない。
そしてなによりゆうこの気配がしない。
俺はパニックになりそうな頭を何とか抑えてスマホロトムを開く。
出ていったとなれば講座の金はどうなってる。
あいつは俺の財産を引ったくって去るような奴じゃない。
口座の金に動きがないことを確かめながら朝の支度を整える。
リビングに行けば案の定離婚届が置いてあったので破り捨てた。
ひとまずジプソに連絡を入れる。
それからキョウヤに連絡を入れた。
変わったことといえばキョウヤがあいつに接触したことぐらいだ。
それ以外大きな変わりはないので、キッカケはキョウヤだと考えていいだろう。
キョウヤから何を話したか問いただしても。MZ団のメンバーの話をちょっとしただけで連絡先も知らないという情報しか得られなかった。
ジプソもゆうこを探しているが全く手がかりがない。
街を出たことは確定したと言ってもいい。
ミアレの中のことであればすぐに分かるはずだからだ。
あのバカはどこに行ったのか。
俺の手を振り払うなど、俺は許した覚えはない。
少しの気分転換なのであれば、俺も鬼ではないので帰ってきたら許してやろう。
その時に手足をもいでしまうかもしれないが。












俺がこのミアレにきて数年が経っていた。
最初はただの観光客だったが、もうここに移住することにしていた。
ミアレは住みやすくて、ホテルの経営も何とかうまくいっている。
そういえば数年前にカラスバさんの奥様が行方不明になったが、あれは一体どうなったのだろう。
結局一度俺のところに連絡が来た以来、カラスバさんから奥様の話を振られることはなかった。
俺もなんとなく聞きづらくて、もうどうなったのかはわからない。
カラスバさんのことだから、解決したのなら解決したと連絡を寄越すだろうに……
そんなことはもう過去のことだし、俺に直接関係のないことなので記憶の片隅から消えかかっていた。
しかしそんなある日、その人は現れた。

「依頼があるのですが」

ホテルZに現れたその人は、まさにカラスバさんの奥様だった。
最後に会ったときに比べて少しやつれているような印象を受けた。
手には大きなボストンバッグを持っている。
腰にはモンスターボールが下がっていて、この人もポケモン持ち始めたんだと思った。
彼女が現れたことで、ホテル内の空気は張り詰めていた。

「依頼ってなんですか?」
「私に着いてきてほしい、という依頼です。是非キョウヤさんにお願いしたくて」
「……なんか嫌な予感がしますけどいいですよ」

手持ちのポケモンはなんだっけ……と考えながらホテルを出た。











サビ組の事務所の前にたどり着けば、下っ端共が騒ぎ立てた。
一瞥もせずにエレベーターを上がっていく。

「久しぶり」

エレベーターが開いてそこに足を踏み入れれば、カラスバが驚いたように椅子から立ち上がった。
私に駆け寄ってきて、私の肩を抱いた。

「お前……!どこをほっつき歩いとったんや!!」
「あんたには関係ないから。あとこれ」

私はカラスバの手を払い除けてボストンバッグを床に放り投げた。
ドサッと音がして、カラスバがその中を覗いた。

「私が使った生活費、入ってるから」
「この金……どうしたんや」
「関係ないって言ってんでしょ」
「関係ないわけないやろ。俺の家族なんやから」
「あんたまだ気付いてなかったんだ。私が出ていった日に私たちは離婚してるから」
「………………は?」
「あんたと結婚したの本当に時間の無駄だった家にいるの苦痛だった。金輪際かかわらないで、死ね」

まさか本当に気付いていないとは思わなくて、私は少しびっくりした。
出ていかれているのだから当然離婚届は提出されているに決まっている。
それともカラスバは私が離婚届を提出するはずがないとでも思っていたのだろうか。
離婚届は家出した日にすでに提出済みである。
私は一度としてカラスバを愛したことはない。
そして愛の言葉を口に出したこともない。
カラスバは当然私の気持ちがカラスバに向いていないことなど認識していると思っていた。

「いやや認めへんよ……お前がおらんと、……お前は俺のモンやろ…なあそうやろ……」
「金も渡したしあんたとはこれで完全に縁を切るから」

カラスバはもう一度私の肩を掴んできた。
触んなよと腕を振り払っても掴みかかってくる。

「お前は俺のモンや……絶対誰にも渡さん、誰かのモンになってみい。お前もそいつも殺したる……」
「気持ち悪いよ。私みたいな奴隷を他に見つけなよ」
「お前は奴隷ちゃうやろ、俺の奥さんや。俺だけのお嫁さんやろ!!」
「私は奴隷みたいな生活が嫌なの!もう戻りたくないの!私のことを思うなら好きにさせてよ」

カラスバは泣いていて、初めて見た表情だった。
後ろに控えていたキョウヤも、どうしようかと戸惑っている。
私はカラスバの隙を突いてキョウヤとエレベーターに乗り込んだ。
事務所を出てすぐ報酬を払って、私は駅に向かった。
これ以上キョウヤを巻き込むことはできない。
私は駅に急いでホームまでたどり着いた。
走ると腹の傷が痛むが、今はそんなことにかまけてられない。
とにかくミアレから今すぐ脱出して戻らなければ。
何とか駅までたどり着いてホームに到着した。
電車は後少しで来るようだ。
変な時間だからか、ホームには誰もいなかった。
早く、早く電車に乗らせてくれ。
少し疲れて駅のベンチに座って目を伏せた。
その瞬間に強い衝撃が走る。
めのまえがまっくらになった!

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