なぜこの大企業に入社できたのか、私は自分の事ながら理解できていない。
職歴なし空白期間5年の女を一般事務で雇うなんて、大企業様のお戯れといったところだろうか。

新入社員の集まりは私だけ歳が離れていて、完全に浮いていたのを肌で感じた。
社会経験のない私でも流石に理解した。
若いきゃぴに当てられ、何となく申し訳ない気持ちにもなる。
しかしお互い顔見知りになってしまっていたので、何となく会釈する程度の関係に落ち着いた。

異常に長い集合研修が終わったのは新緑の生い茂る頃だった。
パソコンスキルを叩き込まされ、脳が爆発するかと思った。
この夏からは配属が決まり、私は一人職場に向かっていた。
正直申し訳ない。
可愛い若い女子が来ると思ったら私が来たら…
自分が男性社員の立場であれば正直落ち込む。

「本日よりお世話になります、匂宮麻友です。よろしくお願いします」
「よく来てくれた、これから世話になるぞ」

所属長である鶴見さんに連れられて施設を巡り、顔を見せた。
あからさまに残念がる人もいて、正直本当に申し訳ない。

「今日は職務に就かなくていい、ゆっくりしててくれ」
「いや…そんな申し訳ない…」
「いいんだ匂宮くん。今日は君の事を教えてくれ」
「…私の事、ですか」

社内のオシャカフェでコーヒーを奢ってもらって、私たちはひらけたワークスペースに来ていた。
誰もいないワークスペースで、私と鶴見さんは向かい合っていた。

「君は大学で何を学んでいたんだね」
「経済学です。特に面白みのない一般的なものですよ」
「そうかね。そのあと5年間はどうしていたんだい」
「色んなところを放浪してました。体力があるうちにと思いまして」

できるだけニコニコしながら鶴見さんの質問に答えていく。
まるで尋問のようだ。
私がどういう人間なのかを把握しておきたいのだろう。
まあどう思われようと何があろうとどうでもよい。

「鶴見さん!」
「…宇佐美くん、なんだね」
「先ほどの資料を確認していただきたくて」

部下の方が来たので会釈したが普通に無視された。
悲しい…

「すまんね匂宮くん、コーヒーでも飲んだら今日は帰ってくれてもいいぞ」
「えぇ、いや…」
「構わんよ、明日から君の働きを見せてくれ」
「はぁ」

鶴見さんは私にウインクを投げてワークスペースを後にした。
宇佐美と呼ばれた方は私に一瞥くれるわけでもなく去っていった。

「はぁ〜あ…」

何だか変なところに来ちゃったかな…
コーヒーをチビチビ飲んで、それから自分のデスクに向かった。
近くのデスクの方に挨拶をして自分が使いやすいように整理していく。
パソコンを立ち上げ設定をカスタマイズしていく。

「大丈夫か」
「え、はい、大丈夫です」

隣のデスクの女性が話しかけてくれた。
青い瞳が特徴的な綺麗な人だ。

「なにかあったら助けになるぞ」
「ありがとうございます」
「私は小蝶部明日子だ。よろしくな」
「いやこちらこそ…ありがとうございます」

人の好さそうな人だ。
小蝶部さんはそれからまたパソコンに向き合い仕事を裁いていく。
かっこいい…
定時になったので、明日もよろしくお願いしますと頭を下げ会社を去る。
働くって疲れるな。

帰路に就き自宅までの道のり、久しぶりの気配にため息をつく。
相手は把握できる限りでは一人。
誘導するように細い路地を縫って歩く。
防犯カメラの少ない道を選んで進む。

「…姉さんの仇……匂宮ぁあ!!」

仇討ちに来る人間というのは相手に後悔しながら死んで欲しいと願うらしい。
そのため名乗ってくれることが多い。
非常に助かる。
懐にある自分の得物の重さを確認する。
姿を見せた相手は得物のナイフを片手に私の懐に飛び込んでくる。
どこかの殺し屋のようだが、その実力で私を殺しに来るなど嘗められたものだ。
相手の背後を取り、背中に衝撃を与える。
よろけて体制を整えられる前に拳銃で相手の延髄を打ち抜く。

動きの止まったそれを横目に実家に電話をかける。
死体の処理や防犯カメラの映像削除を依頼する。
家業をやめてからというもののこういう作業もアホみたいな金を払わなくてはいけなくなってしまった。
面倒だが仕方ない。

路地を歩いて大通りに出る。
ネオンにきらめく街を横目に再度帰路に就く。
家業の殺しをやめた私は、20代にしてすでに余生を過ごしていた。

ALICE+