足を負傷した女が男の頸にナイフを突き立てる。
勢いよく噴出した血飛沫を避けて、女は男を見下ろす。
荒い呼吸を繰り返す男の顔からピンク色が消えていく。
その息の根が止まらぬうちに、女は男の胸にナイフを突き立てた。
男は少し跳ねたかと思うと、その後一度として動かなかった。

女は男の心臓と呼吸と反射が止まったことを確認して、ガーゼと包帯を取り出す。
ケガをした箇所に簡易的な処置を施す。
帰ったら足は縫わなくては、と女はぼんやりと考えた。
どこかに連絡を入れると女は歩き出す。

人目に付かない場所を選んで進んでいく。
女は自身に幻術を掛け、普通の人間を装う。
女の顔は先ほど死んだ男のように死んでいた。


女が家に入ると、ないはずの人の気配を感じた。
そもそも女の部屋はセキュリティが厳重であり、いくつものトラップを乗り越えなければ部屋の中心には辿り着けないようになっていた。
そのため今まで何の侵入も許さない部屋であった。
侵入者は一人らしい、と女は気配を探る。
私を殺したいなら部屋に入った瞬間を狙うべきなのに、変な奴もいるものだと女は思う。
余程のバカか相当な手練れか。

ナイフを構えて足を進める。
リビングに飛び出すと、そこには見慣れない男が一人いた。
銃を構えて、女に狙いを定めていた。
相当に古い銃だった。
武器の溢れるこの時代において誰も見たことのないほど古い得物であった。
服装はどこかの兵士のようだが、一介の兵士如きが自分の部屋に入れるはずはないのだがと女は思う。
女は腰を落として、男との距離を一気に詰める。
長い銃身を拳で突き上げ、男がバランスを崩したところで男に跨り首筋にナイフを宛がう。
衝撃で男の手から銃が離れた。
男の腕を膝で踏みつけ、男が動けないように女は体制を整える。


「どこの使いまわしだ」
「…俺も自分で驚いてるんだが、死んだと思ったらここにいた」
「はあ?誰がそんな戯言信じると思っている」
「信じてもらえるとは思っていないが、事実だ」
「私を殺しに来た訳じゃないのか」
「そうだ」

女は一つ溜息をついて男から離れ、銃を回収した。
パソコンを立ち上げ、部屋に設置した監視カメラの映像を確認する。
パソコンが立ち上がるまで、女は男が所持していた銃の銃身を撫でる。
男は物珍しそうにリビングにある物を見たり、時には触ってみたりしている。
カツカツという靴の音が静かな部屋で少しだけ響いていた。

「随分と古い銃を使っている」
「…最新の銃だが」
「いやいや…こんな古い銃見たことない、というか現代には実在しない。あとその服は何?コスプレ?」
「帝国陸軍北海道第七師団歩兵第27聯隊のものだが。ここに27と書いてあるだろう」
「軍隊は戦後解体されている」
「…はあ?」

女と男はお互いの話が成り立っていないことに気付く。
そもそも常識が異なるように感じていた。
女はパソコンの画面を確認し、驚いたと声を上げた。

「本当に突然現れてやがる」

そこには誰もいないリビングに突如として男が存在する様子が映し出されていた。
無人であったが1秒後に男はそこに存在していた。
カメラの映像であるため、見ている人間に干渉するタイプの幻術でないことはわかる。

「…今は何年かわかる?」
「…明治、ではないんだな」
「明治から来たのか…完全にトリップってやつだ、神隠し的な。今は令和、明治から数えれば4つ後の時代だ」
「…信じられん」

お互いに顔を見合わせ、どうしたものかと考える。
いつこの時代から立ち去れるのだろうと考えた男の頭に、ぼんやりと7日という言葉が浮かんでくる。

「確信は持てないが、7日で俺はここから消えるらしい」
「神の思し召しか、おもしろい」

女はパソコンの画面を一度落とし、男に近寄る。
まだお互い警戒を解いた訳ではないが、証拠映像がある限りトリップという現象を信じるしかないと2人は考えていた。

「私は匂宮凉夢。殺し屋をしている」
「…尾形百之助。狙撃兵だ」
「っていうか靴脱いで」

凉夢はタオルを濡らし、床を拭く。
尾形は言われるがまま靴を脱ぎ、その手にぶら下げた。
凉夢は尾形から靴を奪うと玄関に置いた。

「私の許可なくこの家から絶対に出るな。最悪殺されるから面倒になる」
「…わかった」

凉夢は家の使い方を尾形に教えていく。
パソコンは絶対に触るなと念を押した。
尾形は見たことのない機械が所狭しと並べられていることに驚いていた。
100年しか経っていないのに日本はこんなにも豊になっているのかと感心していた。

「短い間だけど同居人としてよろしく」
「こちらこそ宜しく頼む」

凉夢はゆるりと笑ったが尾形は笑わなかった。




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