翌日、尾形が銃の手入れを行っていると出かけようと凉夢が声をかけた。
時計が12時を示そうとしていた時だった。
凉夢は自分と尾形の分の着替えを鞄に纏めながら、尾形が着る服を投げつけた。
尾形の着替えは凉夢が昨日のうちに調達しておいたのだ。

「どこに行く」
「温泉。気晴らしにいいだろ?どうせ死ぬ2人だ」
「…はは」

突拍子もないその行動に尾形は思わず笑った。
家を出ると、凉夢がどこかから調達した車が止まっていた。

「なんだこれは」
「車さ。すげー速く走る」

凉夢は尾形を助手席に押し込め、後部座席に荷物を放り込んだ。
凉夢が運転席に座り、エンジンをかけると音を立てて車は走り出した。

凉夢は音楽をかけ、時に鼻歌を歌いながら運転していた。
尾形は車に入っていた地図を見ながらどこに向かうんだろうかとぼんやり考えていた。
窓を開けると風が入ってきて髪を揺らす。
尾形は髪を撫でつけ、凉夢は横目でそれを見た。

高速道路をかっ飛ばして、目的地に着いたのは夕方頃だった。
西日が強く差していた。
照らされた海がキラキラと眩しくて思わず目を逸らす。

凉夢はチェックインを済ませ、売店を覗いていた尾形を呼びつけた。
建物を出て海岸沿いを歩いていく。
海沿いに何個か小屋が立っており、それが一つの部屋になっているようだ。
そのうちの1つが本日の宿であった。

2人は部屋に入り、荷物を無造作に置いた。
部屋のバルコニーには足湯が付いていて、そこから海が臨めるようになっていた。
凉夢が足湯に浸かったため、尾形もそれに続いた。

「いいところだ」
「ああ、俺の故郷だからな」

ここが茨城だと尾形が気付いたのは高速に乗っていた時だった。
もしかして、とは思ったが予想通りだった。

「なぜここまでするのか理解出来ないな、お前に利益があるとは思えない」
「私がそうしたいからしているだけだよ。死人に何をしても私に利害は及ばないさ」

おかしな奴だと、尾形は思う。
自分の死期を悟っているというのにこんなにも自由な人間は初めて見た。

凉夢は足湯を出て、備え付けの温泉に入った。
きっとこれが最後の温泉になるだろうと凉夢は考えた。
後悔はしないように生きてきた。
あとはただ死ぬだけだ。

温泉を出て、尾形も入るように促す。
風呂場に入っていく尾形を見送って、凉夢は1つ息を吐き出した。
私は人類最終にどうやって殺されるのだろうと凉夢は考える。
恐怖はない。
興味があるだけだ。
人類最終を倒すのは人類最強しかいないのだから、私たちはただの路傍の石なのだと。
石でありながら好きなようにやらせてもらうだけなのだ。

凉夢がテレビを付けると、やはりいつものように下らない映像が流れていた。
代わり映えのない平和な世界に凉夢は安心感すら覚える。
自分が死んだ所でこの世界はどうともないということを教えてくれるからだ。

食事が運ばれてきて、テーブルに並べられた。
匂いからして毒はなさそうだ。
そのうちに尾形が戻ってきたので2人は食卓に着いた。

「何メートルまで確実に殺せるんだ」
「300mかな」
「中々やるじゃないか。明治時代で死なせておくには惜しい」
「はは、もう死んでいるんだが」

ははは、と2人は笑った。
それから他愛もない話をした。
流行っていたもの、変わった知り合いこと、面白かったこと。
どうでもいいことを話して、なんてことのない時間を過ごした。

「弟はブチ切れた奴だけど、私は好きでね。キス魔だし、シスコンだけどどうしようもなく可愛いよ」
「そんな弟とお前は心中するんだろう」
「ああそうだね、心中と言っていい。この世界じゃあ、愛を知った奴から死んでいく。それでも生きているのは本当に強い奴だけなのさ」

暴力の世界とはそういう所なのだ。
自分の弱みすら強みにできない奴から死んでいく。

「…親はいないのか」
「親の顔も名前も知らない。自分が人間から生まれたのかすら確かじゃないな」
「愛情というのを感じたことはあるのか」
「弟からも妹からも愛情を感じたね。だから私も2人にはありったけの愛を与えたつもりさ」
「……」
「2人ともこのクソみたいな世界で立派に生きた。私はもうそれだけでいいんだ」

ビールを片手に凉夢は喋る。
喋りすぎたかもしれないと、少し思った。

すっかり夕日は沈んで、月が海に浮かんでいた。
バルコニーに出ると夜風が凉夢の頬を撫でた。
波の音だけが規則正しく揺らいでいた。

「なあ、もし俺たちがーーー」

凉夢を見て尾形が声を掛けたが凉夢がその声に反応することはなかった。



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