凉夢が目を覚ましてしばらくすると尾形も目覚めた。
ベッドから這い出て、顔を洗って歯を磨く。
テレビを付けると天気予報がやっていた。
凉夢がぼうっとテレビを見ている姿を尾形は視界に入れた。
殺し屋でも朝は弱いのか、などと考えていた。

しばらくすると朝食が運ばれてきて、それらがテーブルに並べられた
食べようとする尾形を制して凉夢は1つずつ匂いを嗅いでいく。

「待たせた、大丈夫だ」

難儀なものだと尾形は思う。
こいつは誰も、何も信頼できないんだろう。
信じるのは自分と兄弟だけで、ずっと3人だけで生きてきたんだろうか。
そう思うと目の前の女が哀れに思えてきた。

相変わらず見たことのない料理だが、尾形にとってどれも美味であった。
朝食を平らげ、着替えに袖を通した。

「今日はどうするんだ」
「ドライブして帰るさ。どこかに尾形の痕跡があるかもしれないだろう」

どらいぶ、という言葉が尾形には分らなかったが車でどこかに行くのだろうと思った。
凉夢から整髪剤を受け取った尾形が髪を撫でつけた。

チェックアウトを済ませ、車に乗り込んだ。
尾形も慣れた手つきでシートベルトを締めた。
昨日よりも少し暑い風が吹いていた。


海はもう見えなくて、車は山の奥の方へ進んでいく。
うねうねと曲がる道が続き、尾形は少し吐き気を覚える。

「水飲んで、深呼吸をして目を瞑って。もうすぐ着くから」
「…悪い」

尾形は水の入ったペットボトルを渡され、何とか開けて口をつける。
ゆっくり目を閉じるとあの家が見えた気がした。




「着いた。大丈夫か?」
「ああ、おかげ様で」

着いたのはロープウェイ乗り場であった。

「筑波山か」
「ついでだから寄りたくなってね」

尾形はロープウェイとやらがわからなかったが、こいつが乗りたいなら好きにさせてやろうと思った。
2人以外の観光客は見当たらず、何となく閉ざされた空間のように感じた。
どういう仕組みかはわからないが、どうやらこれで更に上まで行くようだと尾形は理解した。

ロープウェイで山頂まで着くと、目の前には雄大な景色が広がっていた。
地元の茨城をこんな俯瞰できるなど、あの頃の尾形は考えもしなかった。
小さかった自分を慰めてやりたい気持ちになった。

「いい景色だ」

尾形が景色に見惚れている間に凉夢は2人分のソフトクリームを買い、1つを尾形に差し出した。
尾形はそれを受け取り、凉夢がやるようにそれを舐めた。

「?!」
「冷たくて美味しいだろう、昔好きだったんだ」
「今は好きじゃないのか」
「…そんなことすらもうわからなくなってしまったよ」

近くにあるベンチに腰掛けて、2人でぼうっと景色を眺めた。
風が幟を揺らしてパタパタと鳴っていた。

「少し気分は晴れたか?」
「ああ、幾分か」
「理澄にもスピード狂と言われていたから…悪かったな」
「道が悪かっただけだ」

ソフトクリームを食べ終わると凉夢はあたりを散策し始めた。
ロープウェイの復路チケットは凉夢が握っていた。

死んだと思った自分が今こうしてここに実在しているのには何か理由があるのかと尾形は考える。
もしかしたらもう一度こうして茨城の地を踏むためだったのかもしれない。
いやそんなに都合がいいわけが無いと、先ほどの考えを頭の隅に追いやった。

「よし、帰るか」

しばらくすると凉夢は散策を終えて尾形の元へ帰ってきた。
尾形は立ち上がり、その背中を追った。
1度だけ尾形は振り返り、もう2度と見ないであろう景色を今一度目に焼き付けた。



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