2人が目を覚ましたのは玄関が大きな音を立てた時だった。
その足音の主は廊下をドカドカと進み、ついにリビングのドアを勢いよく開けた。

「姉貴!!早めに来ちまっ、た……って誰だお前」

大きく元気な声が次第に緊張感を持ったものとなる。
白Tにジーパンを履いて、髪をバッサリと短く切りそろえた女がそこにはいた。
異常に長い腕に目が引かれた。
女が放つ凄まじい殺気は尾形が初めて凉夢と出会った時に感じたものとよく似ていた。
女は釣り目を更に吊り上げた。
尾形が枕元の銃を構えるよりも速く、女は尾形に飛びかかる。
殺される。
尾形は直感でそう思わされた。
それが自分に張り手をしようとしているのが、尾形にはスローモーションで見えた。
1度死んでいるのにもう一度走馬灯を見そうだった。

「出夢」

リビングの入口から凉夢の声が聞こえると、それは動きを止めた。

「姉貴!!」

それは凉夢に飛び付き、凉夢の体を異様に長い腕で抱き締めた。
凉夢はその頭を優しく撫でてやった。

「髪が短いのも似合うなぁ出夢は」
「だろ?姉貴も相変わらずでよかったぜ。なぁそれより、あの男は誰なんだよ?僕に紹介しないなんて酷いじゃないか姉貴、結構ショックだぜ」
「あぁ、ごめんごめん。説明するからとりあえず座りな、お茶あげるから」

カーペットに座った出夢はソファーに座っていた尾形をじいっと観察する。
睨みつけられている尾形は出夢から目を逸らした。
凉夢がお茶を出してやると出夢は笑った。
出夢の八重歯がちらりと見えていた。

凉夢から尾形が明治時代からトリップしてきた人間だということを伝えられると、出夢は大きな眼を更に広げた。
凉夢の簡単な説明に続いて尾形も軽く自己紹介をした。

「ぎゃはは!!……姉貴、マジなのかよ…」
「この銃、調べてみたら明治時代に本当に使用されていたらしい」
「僕も色んな奴とやりあってきたけど、そんな化石見たことないな」
「テレビもパソコンも車も知らんと来たら信じるしかないだろう」
「ぎゃは、面白れぇじゃん」

出夢が不意に尾形に近寄るので尾形の体は硬直した。
足の先から頭の天辺まで舐めるように見られて居心地が悪い。
じっくりと観察してやろうとすることを隠しもしない出夢から思わず顔を逸らした。

「まあ確かになんか違う感じはするけどあんま変わんねぇな。つまんねー」
「そりゃあ100年如きじゃ人間は変われないさ」
「ま、そんなもんだよな」

出夢はそう言ってカーペットに寝転んだ。
尾形は出夢を見て思う。
生きているのは弟だと聞いていたがどういうことだ。
目の前の奴は、明らかに女だ。

「弟じゃないのか?って顔してるな」
「…何で分かるんだよ」
「器は女だけども中身が男なのさ。明治の頃にはあんま馴染みがないだろうが」

見かけは女だが中身が男とは、一体どういうことなのだ。
そういえばテレビで流れていた映像の中にそのようなことに言及していたものがあった気もする。
この時代は個人の精神が随分と自由になっていると尾形は思う。
それともこいつらの生きる世界では精神を別の肉体にぶち込むことも出来るのだろうか。
いや、さすがにそれは夢物語すぎるだろう。

「なあ、お前って人殺したことあるのか?」
「ああ。狙撃兵は人を殺してこそだ」
「ふぅん」
「尾形は明日には消えるらしいからもう出夢と会うことはないだろうね」
「へえ、どこ行くんだ?」
「俺にもわからん」

凉夢が出夢の前髪を弄ると出夢はスッと目を瞑った。
尾形はそれを横目で確認してお茶を啜った。
凉夢と出夢の間には確かに愛が存在していて、尾形は何とも言えない気持ちになった。

「そろそろ行くぜ」
「ああ、行こうか」

出夢がぱちりと目を開けた。
それに続いて凉夢も腰を上げた。
凉夢は自室で着替え、それから得物を手に取った。
出夢は姉を待つことなくすでに外に出ていた。

「シリアルもあるしパンもあるから大丈夫だな」
「ああ」
「パンはレンジでチンするとうまいぞ。でもまあ気を付けて使えよ」
「…お前も気をつけろよ」
「ああ、気を付けて帰ってくる」

凉夢はシニカルに笑って部屋を出た。
バタン、と扉の閉まる音が尾形の耳に酷く残った。




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