10

「正直これは全部賭けだったんだ」

本から目線を外して前を向いた。
芽唯子が好きなテレビが流れている。

「俺は10年前父と賭けをした。中学を卒業してから10年以内に初恋の人と結ばれなければ父の持ってきた縁談を受けると」

芽唯子と連絡を取るな、見合いをしろと父から言われた。
それに対抗するように俺はそう賭けにでた。
中学生の俺は今よりも赤司という家に縛られていた。
だから多分、水族館に行った時芽唯子と一緒に泣いたんだ。

「最初は引くつもりだった。芽唯子にはもう結婚を考えるような相手がいたからね。でも芽唯子のことをやはり忘れられなかったんだ。だから芽唯子に少しだけアピールすることにした」

芽唯子は恋人がいるから芽唯子に好意を伝えることは出来ない。
だから出来る範囲で最大限、芽唯子が俺の気持ちに気付くように仕掛けた。

「水族館に行ったのも一か八かだった。これが俺から出来る最後のアピールだったんだ」

10年前、伝えることの出来なかった好意。
初めは転んで泣くような弱い奴だと思った。
だがその後芽唯子は俺のことを特別視もしない代わりに恐れることもなかった。
自分にとっては初めてだった。
純粋さと不思議な落ち着きを持った人だと思った。
小学五年生で芽唯子のぎこちない優しさに触れた。
その優しさがどうしても忘れられなかった。
最早刷り込みのように、芽唯子は俺にとって誰よりも大切な人になった。

中学でもそれは変わらず、芽唯子とは適度な距離を保った。
一緒にいると楽なのは変わらなかった。
これからもこの距離感で、ずっと芽唯子と過ごしていきたいと思っていた。
それに言葉にせずとも芽唯子はすでに俺のものだと思っていた。

だが俺は高校で京都に行くことが決まっていた。
俺達は一般的な学生だ。
芽唯子が京都に来ることなんて出来やしない。

その予想通り芽唯子は東京に残った。
それからの10年間のことを俺は何も知らない。
だが再会した時、芽唯子は10年前から変わっていなかった。
独特の雰囲気を残した芽唯子を見て、芽唯子がまだ誰の物にもなっていないと確信めいた予想をした。
共に過ごさなかった10年間のことなどどうでもいい。
ただ芽唯子が俺の隣に戻ってくれればそれでいいんだ。
芽唯子が俺の飼う魚であればいいだけなんだ。

それからは芽唯子の恋人について徹底的に調べ上げた。
彼の勤めている会社が赤司グループの中の一つであること。
彼は芽唯子のように優しく、落ち着いている人間であること。
芽唯子のことを本当に大切にしていること。
そして芽唯子との結婚を意識していること。

俺にはもう時間がなかった。
中学卒業から10年が経ってしまうまで3か月もなかった。
まずは芽唯子の恋人に直接近付いた。
彼は俺のことを特に警戒していないようだった。
それからは芽唯子との距離を詰めた。
同時に彼に向けて、彼へ好意を寄せるメンヘラと言われる類の女を仕向けた。
彼は芽唯子にプロポーズを保留にされて精神的に弱るだろう。
そこに付け込めれば、俺の計画はより完成される。
それが約一か月前。

芽唯子が一か月後に腹を括ると言った時、正直安心した。
一ヵ月もあれば、必ず芽唯子を自分のものに出来ると確信していたからだ。
一ヵ月をかけて、俺が芽唯子のパーソナルスペースにいることを当たり前にした。
彼が俺の差し向けた女と関係を持ったと聞いたのが約2週間前。
だが黒子にまだ負けるのが怖いのか聞かれた時、やはり自分の中にまだ恐れが残っていると自覚した。
だから最後に芽唯子を江の島に連れ出した。
10年前、俺達の最後が江の島だったから。

江の島に行った時、芽唯子は多分泣いていた。
10年前と同じように泣いていたのだろうか。
俺がここに連れてきたことは正解だったのか。
俺にはもうわからなかった。
出来ることは全てやった。
あとは、芽唯子が決めるだけだ。




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