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その日、征十郎は家に泊まった。
そして朝早くに叩き起こされ、征十郎の用意していた着物を着た。
あとは何やら必要なものがあるらしく、征十郎が家を漁って私の荷物を作っていた。
駅前で手土産を買って、私達は征十郎の実家へ挨拶へ出向いた。
さつきと黒子君からのメッセージに気付いたのは車での移動中のことだった。
情報が回るの早いな…
これも征十郎の仕業だったりして。

交際を始めた挨拶をするのだと思っていたが、結婚の挨拶だった。
征十郎が「この人と結婚します」と言っていて内心ビックリした。
でも私は少しだけそれを期待していたから、嬉しかったのは覚えている。

征十郎のお父様は厳格な方で、終始緊張しっぱなしだった。
親の職業なんかも聞かれた。
拒否的な反応ではなかったので安心した。
征十郎の選んだ相手なら間違いないなと言って頂けた。
支度を済ませて私達は赤司家を後にすることになった。
玄関で挨拶をした後最後に一つだけ、聞かれた。

「赤司家に嫁ぐ覚悟は出来ているのか」
「そうでなければここに来ていません」

お父様がふっと笑っていらっしゃったから私も軽く笑みを浮かべた。
何だかやっていけるかもしれないと変な自信を感じた。

「このまま婚姻届けを提出しに行くか?」
「いいよ」

車の中で征十郎がそう聞いて来て、そのまま役所に行った。
必要な物って印鑑のことか。

「証人は?」
「桃井と黒子になってもらった」
「良い人選んだね」
「当たり前だろ」

征十郎が前を見ながら少し笑った。
本当に全て用意周到だったが、特に驚くことはなかった。
征十郎は昔からこういう人なのだ。

正直前日まで違う恋人がいた女のやることじゃないと思う。
事の真相を他人に話したらとんだ阿婆擦れだと思うだろう。
自分だってそう思う。
でもまあ、それが私なんだから仕方ないのだ。
水族館の中の魚だった私は家で飼われる魚になった。
ただそれだけだ。

「もう春かぁ」
「そうだな」
「征十郎はいつも春を連れて来るね」
「そうでもないさ」
「私にとってはそうなんだよ」

19年前も10年前も、そして今も。
私に春を連れてくるのはいつも征十郎だ。
桜の花弁がフロントガラスに張り付いた。
やっと春が来たんだと私は微笑んだ。


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