私が答えを出すまで彼氏とは連絡を取らないことになった。
しっかり考えて早く答えを出さなければとは思うのだが、中々うまくいかないのが現状だ。

彼は実家に来るほど家に馴染んでいる。
私も彼の母親と食事をしたこともある。
それに実家同士の交流もしているらしい。
何だか外堀を埋められているような気がしないでもないと思ってしまうのだ。
正直彼は私にとって重かった。
でもその重さこそ彼の愛情の現れだと思っていた。
それはつまり私の軽さの現れなのかもしれない。

長い仕事を終えて家に帰る。
風呂に入って歯磨きをする。
鏡には疲れた顔をした自分が映っていた。
夜勤を終わらせて帰る朝は征十郎がいない。
彼は赤司家を継いで立派な社長になっていた。
春はまだ少し遠くて、冷たい風が窓を叩いていた。


さつきから遊びのお誘いがあったのに気付いたのは少し寝てからだった。
上っていた太陽が落ちようとしていた。
カーテンを開けたままの部屋に夕日独特の赤みが差しこんでいた。

『今日の夜空いてる?』

空いてるよ、と返信してテレビをつけた。
いつものようにただただ魚が泳いでいる。
この番組を見ていると昔行った水族館を思い出す。
大きな水槽を前にした私は無力感に襲われて泣いた記憶がある。
あの時私は幼かった。
何でも出来るが何にも出来ない。
中学生というのはそんな不自由な存在なのだ。

さつきから行きたい店の情報が送られてきた。
七時に駅前で集合らしい。
早く着替えて化粧をしよう。
折角さつきに会うのだからオシャレをしなければ。
もし話せるのならプロポーズされたことを話してみよう。


いつもより少し女性らしい恰好で目的地に向かった。
手首のファーが少しくすぐったい。

「芽唯子!」

混雑した駅前でさつきの声がした。
ピンク色の髪を揺らしてさつきが手を振っているのが見えた。

「久しぶり」

そう言うとさつきはにっこり笑った。
仕事はどうだとかそんな話をしてお店に向かった。
さつきチョイスのお店は間接照明がぶら下がる少しだけ薄暗いオシャレなお店だった。
流石さつき、センスが光ってる。
甘めのワインと軽食を頼んで乾杯をした。
ワインを互いに飲んだ後、さつきが口を開いた。

「私、テツくんと結婚することになった」

そうなんだ。
いや、ビックリした。
長く付き合ってるのは知ってたけど。
いやマジか。

「おめでとう!」

少し大きい声を出してしまった。
さつきが照れたように笑う。
ああいいなぁ。
黒子は幸せだね。
こんなに可愛いお嫁さんをもらえて。

「プロポーズされたの?」
「そうなの!一週間前に!」
「いいね〜!何て言われたの?」
「僕と結婚してくれませんかって言われちゃったー!あの時のテツくんカッコよかったなぁ…」

さつきがうっとりとした表情をしている。
いいなぁ。
さつきが幸せそうで私も嬉しい。

「すぐ返事したの?」
「そりゃしたよ!だって私中学生の頃からずっとテツくんのこと好きだしね!もうホント嬉しくて…」

そうなのか。
プロポーズってそういうもんなのか。
それからさつきの話を聞いた。
新居をどうするか、仕事をどうするか、子供はどうするか。
さつきの話を聞いてるだけで私が幸せな気分になった。
私がプロポーズされた話をする気など、不思議と一切起きなかった。



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