彼とデートした夢を見た。
付き合ってもう三年経った時だった気がする。
あの時も江の島に行った。
季節は夏だった。
海はキラキラと輝いていて目も当てられない程に眩しかった。
江の島を散策して、ご飯を食べて、それから水族館に行った。
水族館の大きな水槽の前に立っても私は泣かなかった。
泣かなかったのか泣けなかったのか、それはもう覚えていない。
私はあの頃から心も体も大人になった。
もう少しぼんやりと水槽を見ていたかったが、彼に呼ばれてそれが叶わなかったことは覚えている。



目覚ましの音に起こされた。
意識がぼんやりと浮上する。
時計を見て、まだ家を出るまで充分余裕があることを確認した。
パンを焼いて、いつもの様にココアを入れた。
テレビを付けて天気を確認する。
外は段々暖かくなって来ているようだ。
そろそろ厚手のコートの出番は少なくなるらしい。

いつもの様に出勤していつもの様に仕事をこなした。
この仕事ももう二年目だ。
あと一ヵ月もすればそれももう三年目に突入する。
私は本当に年を取った。
あの頃、中学生の頃の自分にはもう戻れないのだ。
仕事を終わらせて着替える。
今日は同僚達との飲み会が控えている。
同僚はそこそこに仲が良くてありがたかった。
彼氏のこと何かも相談していたが、プロポーズについては何となく話せずにいた。


「じゃあ一本締めで!」

そう幹事の子が言って、みんなで一本締めをした。
日本酒が美味しいお店だった。
日本酒というのは後から酔いが回る。
ちゃんと、家に帰らなければ。
家に帰ったらココアを飲もう。
そうして休みの明日は昼まで寝ていよう。




「おかえり」

家に帰ると電気がついていて、まさかとは思ったが征十郎がいた。
いつもの様に本を読んでいる。
ただいまと返事をすると酒臭いと言われた。
確かに今日は、私にしては飲んだと思う。

「今日は何も作れないよ」
「知ってる」

クラッカーとチーズを用意して、ココアを作る。
その間に部屋着に着替えた。
顔は熱いし眠気が襲って来る予感がする。
今日はなるべく早く征十郎に帰ってもらわなければ。
出来上がったココアをテーブルに置いて、いつもの様にテレビをつけた。
魚ちゃん達がテレビの中を泳いでいる。

「征十郎は何で家に来るの」
「何か不都合でもあるのか」
「ないよ。ただ、あの赤司社長がわざわざ一般人の私の家に来るのってさ、改めて考えると変な感じじゃない?ほら私ってホント普通だし」

今日の私はよく喋る。
口が回りすぎだ。
お酒は私を饒舌にさせる。
いらないことまで話す自分は酷く惨めだった。
征十郎の顔を見れずに魚たちを見つめた。
私は出来ないことが、ずっと出来ないままだ。

「芽唯子の家は居心地がいいからな」

征十郎が本に目をやったまま答えた。
そんな理由か。
まあ、そりゃそうか。
居心地がいいと言われて悪い気はしない。

「そんな理由か、と思っただろ」
「…思ってないよ」
「まあいい。俺にはそれが大切なんだよ」
「私が結婚したらどうするの」
「芽唯子達の家に押し掛けるさ」

何言ってんだとツッコむと征十郎は珍しく笑った。
私が結婚したら征十郎が私と会う機会は格段に減るだろう。
今みたいなゆるりとした空気を感じることもない。
結婚とはある程度の自由を失うことだ。
彼との時間が増えることは征十郎との時間を減らすことなのだ。
そう思うととてつもなく寂しくなって泣きそうになる。
中学生の頃の私が顔を出す。
征十郎は友達だ。
私は何に依存してるんだか。
タイムリミットまで二週間を切っていた。



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