そろそろ桜が咲き始める時期がやってきた。
外はもうずいぶんと暖かくて厚手のコートはもう必要ないようだ。
もうすぐ春が来る。
出会いと別れの季節だ。

江の島に行こうと征十郎に誘われたのはタイムリミット前最後の休みの日だった。
彼と江の島に行った時以来の江の島だった。
共通の友人から彼は何やら色々と大変らしいと聞いた。
どうもトラブルに巻き込まれているらしい。
話を聞いてあげたい気もするが、今の自分じゃ役立たないと分かっていた。
そろそろ、私は答えを出さなくてはいけない。

電車に乗って江の島に向かった。
電車に乗る征十郎が面白くて笑うと怒られた。
江の島を散策してからいつものように水族館に向かった。
最後に行った時よりも私はさらに大人になった。
社会に出て多くのことを学んだ。
大きな水槽を前にしても泣くような事なんてもうないのだ。
10年前と同じ場所で私と征十郎は立ち止まる。
昔よりも綺麗に、大きくなった水槽を見上げた。

「覚えているか?」
「何を?」
「芽唯子がここで泣いたこと」
「…覚えてたんだ」

征十郎はそんなこと忘れていると思っていた。
征十郎が京都に行ってしまう前、最後に遊んだ時この江の島にやってきた。
そして今。
私が結婚する前、最後にやってきたのもこの江の島なのだ。
私が誰かに別れを告げる時、必ず記憶に結び付くのはここだ。
まだ暖かくなりきっていない、少し肌寒い江の島。

水槽の魚たちを見て、中学生の私はまるで自分のようだと思った。
何でもできるけど何にもできない。
行動力だけはあった。
でも金もなければ親という縛りもある。
私は水槽の中にいることに気が付いたのだ。

「あの時俺がどんな顔をしていたか覚えてるか?」

夢で見た場面だ。
目を閉じて記憶を探った。
あの時征十郎は笑っていただろうか。
いや違う。
あの時、征十郎も泣いていた。
ポロポロと宝石のような涙を流していたんだ。
中学生二人が横に並んでただ泣いているだけの光景は酷くシュールだっただろう。
互いにひとしきり泣いた後、声をかける訳もなく無言で水族館を後にしたんだ。
瞼を上げて征十郎を見た。
思い出の中の征十郎と重なって見えた。

「思い出したようだね」
「うん」

それから私達は何も話さずにただ大きな水槽を見上げた。
私達は大人になった。
もう親という足かせも金銭的な問題もほぼないようなものだ。
ただ、あの日持っていたはずの行動力はもうなくなってしまったみたいだ。

それからまた互いに何も言わずに私達は水槽の前を離れて水族館を出た。
電車に乗って駅に着いた。
外はもう暗くて星が瞬いていた。

「またね」
「ああ。またな」

征十郎と駅で別れを告げて家に帰った。
冷え切った部屋に帰って部屋着に着替える。
ココアを準備してソファーに座る。
テレビを付けると魚たちが泳いでいた。
それを見て不意に涙が出た。
10年前に私が流したのと同じ涙なのかもしれない。
明日、タイムリミットがやって来る。


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