赤いサファイアに焦がれる

※ジータ→←ヴィーラ前提すれ違い






しばらく停泊することになった小さな島には、島の大きさに似合わぬ大きな図書館があった。街の名物なんですよ、と教えてもらったのはつい昨日のこと。スフラマールの勉強会に出るというビィをグランサイファーに置いて、ジータは図書館へと足を運んだ。

グランサイファーを繋留した桟橋から徒歩15分程度。街のど真ん中にある図書館は白い円柱状の建物だった。手入れが行き届いている様子で、街のシンボルだと言うのも頷ける大きさだ。ジータの背丈の3倍ほどもある大きな扉を開けて中に入ると、円柱の内壁に沿ってビッシリと本棚が並べてあった。天井も高く、上の方までずーっと本棚が続く。本を傷ませないためか窓は少なく、その少ない窓には淡いオレンジ色の色ガラスが嵌めてあった。
中にはジータ以外にも少なくない数の利用者がいたが、空間が広いため混んでいる印象は受けない。特有の静謐さを味わいながら、知識の海の中を歩く。
薄くて大きな文字の絵本。分厚い専門書。しっかりした装丁の図鑑。見慣れない雰囲気の背表紙は、ルナールが好きな絵物語だろうか。本棚の間を縫って、ジータが向かったのは小説コーナーだった。敢えてどんな本かは調べずに、タイトルと装丁からピンと来る本を選ぶのが好きだった。

(これにしよう)

なんとなく惹かれた本を手に取る。タイトルは『踊る彼女のシルエット』。女性がもう1人の女性の背中を見つめているのが印象的な表紙だった。どちらの女性が主人公なのだろうか。
沢山ある空席のうち、どこに座ろうかと視線を彷徨わせて、

(あ……、)

通路の向こう。オレンジ色の色ガラスのせいでいつもより柔らかな光を宿す金髪。
ヴィーラが壁に寄りかかって、立ったまま本を読んでいた。真剣な眼差しはまるで有名な彫刻家が作った女神像のようで、声をかけるのを躊躇うほどの美しさだ。絵になる、とはまさにこのこと。空中に漂うホコリでさえ、陽光を受けてキラキラと輝き彼女を飾り立てていた。
ジータが声をかけられずにいる間に視線に気づいたのか、ふと本から顔が上がる。パッと目線が絡んで、紅い瞳が、ふぅわりとほころんだ。

(うわ……、)

綺麗すぎて嘘みたいな光景だった。



「ジータさん、奇遇ですね。」

他の人の迷惑にならないようひそめられた声は聞き慣れない甘やかさで耳をくすぐり、何だか気恥ずかしくなる。

「読書ですか?それとも調べ物?」

静かに近寄って距離を詰めた。隣に立つ。窓際に影がふたつ並んだ。

「読書。ヴィーラさんは調べ物みたいだね?」
「ええ。この辺りの空域について調べていました。おかしな偏西風が吹くようですから。」
「何か分かった?」
「まだ不十分ですね。言い伝えのような不確かな情報なら、何件か。」

密やかに、しめやかに。
内緒話のような発声はいつもと違う甘美な響きを持っていた。心が浮つく。

先程まで立ったまま本を読んでいたらしいヴィーラだったが、ジータが来たからか、幾つか本をピックアップして近くのテーブルに持っていった。隣に座る。ペラリ、と頁を繰る音だけが響く中、ジータもそっと、小説を広げた。

そこには仲の良い女性を見つめる、一人の女性の人生が書かれていた。友人で、大好きで、大切な女性。
ちら、と隣を見上げる。友人で、大好きで、大切な女性がそこに座っていた。結い上げた髪に後れ毛のひとつも無い隙のなさが好きだ。

ペラリ、と頁を繰る。
人の姿は本棚で遮られ、ヴィーラが書き物をする微かな音だけが耳に届く。そそぐ日差しはオレンジ色。本を支える手がヴィーラの腕と触れて、ふ、と目だけで微笑まれる。
世界に2人きりのようだった。

ペラリ、と頁を繰る。
主人公が大好きな女性に伴侶ができた。それでも変わらず大好きだったけれど、お互いの生活が、立場が変わっていく。どれだけ幸せでも、時は止まらない。

ふとヴィーラの手が止まっていることに気づき顔を上げると、彼女は外を見ていた。視線の先を追って、ああ、と僅かに落胆する。

紅い瞳が見つめる先には、買い出しから帰ってきたらしいカタリナとルリアの背中があった。

2人きりの世界は瞬く間に掻き消えた。というより、まやかしだった。世界にはヴィーラとカタリナだけで、ジータはそれを、外から見ている。
本を閉じた。表紙には、女性の背を見つめる主人公の絵。気持ちが分かった。痛いほど。


(……来世は背が高く産まれたいな。)

ぼんやりと考える。
多くは望まない。ザンクティンゼルみたいな田舎じゃなくて、都会で産まれたい。エルステあたりがいいだろうか。髪は今より少し暗い金髪で、瞳も同じ色がいい。幼い頃から剣を習って、男の子に混ざって練習をしたい。
そうして大きくなったらアルビオン士官学校に入学して、貴女と出会うのだ。
夢想する。
士官学校の制服を来たヴィーラが笑う顔。隣にいるのは『私』じゃなくていい。ヴィーラが笑っていられるなら、『私』はそこに、居なくてもいい。
みっともない嫉妬だな、とジータはほろ苦く笑った。
赤いサファイアが見つめる先の、カタリナになりたかった。





たまたま立ち寄った島では強い偏西風が吹くらしい。その風になんとなく自分の中のシュバリエが騒ぐのを感じて、星晶獣由来のものではないか、悪いものではないかを図書館に調べに来た。確信がないことなので誰にも言わなかったけれど、図書館でジータに出会えたのは予想外の僥倖だった。思いがけず2人きりになれて嬉しい。読書に興じる横顔を、バレないようにそっと眺める。
大人と言いきれない年齢の、触れたら壊れてしまいそうな繊細さ。頬のまろみが、まつ毛が作る影が、美しかった。

ジータがペラリ、と頁を繰る。
静かな図書館の中で、その小さな小さな音は独特の余韻を持って響いた。
ヴィーラがメモをとる音。ジータが頁を繰る音に合わせて、気分は二重奏だ。おかしくなって、気付かれないように音もなく笑う。

ジータがペラリ、と頁を繰る。
ふと顔を上げると、窓の向こうにカタリナとルリアの姿が見えた。買い出し帰りだろう。大きな荷物をカタリナが持ち、ルリアは手に一輪、花を持っている。

ヴィーラは彼女が羨ましかった。ヴィーラの大切なカタリナが大事にしている女の子。ヴィーラの唯一と、生命がリンクしている女の子。ジータが好きな空と同じ色の髪が風に靡く、小さくて、可愛くて、守ってあげたくなる女の子。健気で、素直で、真面目な女の子だ。誰だって彼女のことが好きだろう。きっと、ジータも。
ジータはかつて、自分の命も顧みずにルリアのことを助けたのだという。そうしてルリアと生命が繋がった。ルリアが死んだらジータは死ぬし、ジータが死んだらルリアは死ぬのだ。共有しているいのち。

ヴィーラは今の生き方に後悔はない。
アルビオンの領主になってシュバリエの宿主になったことも、代わりにカタリナを自由にしたことも、寂しくは思えど後悔はしていなかった。殿方と張り合える強さを手に入れたことにも誇りを持っているし、シュバリエのことも愛しく思う。

けれどもし、もし、来世があるのなら。
その時はきっと、空のようなサファイアの色をした髪が欲しい。小さくて、愛らしくて、誰でもつい守りたくなってしまうような女の子に産まれるのも悪くはない。
剣を握るより一輪の花を持つのが似合うような可憐な女の子になってジータに出会い、そうして生命を共有するのだ。私が死んだらジータも死ぬ。ジータが死んだら私も死ぬ。ああ、それはなんて、なんて……

(なんて……甘美な響きなんでしょうね……。)



窓の外ばかり見ていたから、自分を見つめるジータの顔は見損ねてしまった。



(20250928)

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