幾つもない愛のかたち

「もぉ…ほんと信じらんないっ」
「ごめんってえ。謝ってるから許して?」
「見えるとこに痕つけないでって言ったのに!また真希達にからかわれるじゃん…」
「え?真希?」
「前散々からかわれたの忘れたとは言わせないよ?」


…じゃあ、傑には見られてもいいの?なんて。思わず出そうになった言葉は、寸前のところでぐっと飲み込んだ。セーーーフ。傑への牽制だってバレてしまったら、流石にダサすぎる。希は頬を膨らませながら上目遣いでギロリと睨みつけてくるけど、全くと言っていいほど怖くないし、むしろそんな表情さえもかわいいとしか思えない。
寝起きで、まだ髪の毛もセットしてなくて、すっぴんで、完全なOFF状態の希。それなのになんで希はこんなにも美しいのだろう。
毛穴一つないツルツルの滑らかなその肌はまるで陶器のようで、思わず見惚れてしまうほどだ。


「さとるくーん??」
「かわいい」
「えっ」
「すき」
「もう、ばかぁ」


ぎゅうっと抱きついてくる希の耳はほんのりと赤く染まっていて、愛おしい気持ちが溢れて、胸が苦しくなる。かわいい。かわいい。大好き。愛してる。希を誰にも渡したくない。ずっと、ずうっと、僕だけの、希。


「悟がかわいいから、もう、なんでもいいよ」
「希って実は僕にめちゃくちゃ甘いよね」
「愛ですからぁ」


ちゅっと唇に触れるだけのキスをされて、危うくそのまま押し倒しそうになったけれど、なんとかぐっと堪えた自分を誰でもいいから褒め称えてほしい。いやマジで危なかった。ギリギリのところで僕の理性が働いてくれて助かった。だって流石に支度しないと時間がヤバい。


「さとるぅ…」
「ん?なあに?希ちゃん」
「エッチしたくなっちゃった…」
「……は?」
「顔こわっ」
「誘ってんの????」
「ん〜?だから夜にいっぱい愛してね♡」
「…………」
「ふはっ」
「ぜってー泣かす!!!」
「ん、期待しとく♡」


とりあえず元気になりかけてる悟のさとるクンをどうにかしなければ…。相変わらず僕の恋人は世界一エッチでかわいいです。





「まーたキスマつけてやんの」
「ハハッ。朝からお熱いことで♡」
「しゃけしゃけ」


…いや真希実は私のこと大好きでしょ?なんで廊下ですれ違った瞬間に見つけれるの?え?なんなの?普通にすごくない??


「前から思ってたけど希の男独占欲強くね?」
「嫉妬深い男はなかなか面倒だぞ〜希〜」
「ツナマヨ」
「君たちぃ。一応聞くけど私のこと先生だと思ってる?」
「「「……」」」
「え?先生泣くよ??」


えーん、えーん。泣き真似をしていたら真希にぐいっと肩を組まれて、にやけ顔の真希とばっちり、視線がぶつかる。うん、この子は間違いなく私のこと先生として見ていませんね。まあ今更ですけど!!!


「相手誰よ?高専関係者?」
「真希ちゃーん??」
「別にいいだろ。減るもんじゃねえし」
「そうだぞ希。それに教えてくれたらみんなで恋バナもできるしな」
「しゃけ」
「そういうのはちょっと事務所を通していただかないと…」
「なんだよノリ悪ぃなあ」
「…なんか真希見てると、私の学生時代結構可愛かったんだなあって思うわぁ…」
「あ゛?」
「それはないと思うぞ、希」
「なんでよ」
「希の代は歴代最強の問題児の集まりだったって、学長がよく遠い目をして言っていたからな…」
「ああ、悟と傑のことね。私は硝子と並んで優等生だったし」
「ん〜?だあれが優等生だって〜?」
「あ、さとるだあ♡」
「うわぁ、ウザいの一人増えた」
「解散」
「ツナ」
「ちょっと君たちひどくない!?」


私を後ろから抱きしめながらぶーぶーと文句を言っている悟。分かる、分かるよ悟。ちょっと2年の子私達に塩すぎんのよ。いやいつものことですけど。唯一私達を慕ってくれていた癒しの憂太は今海外だし…憂太ぁぁぁカムバーーーーーック!!!


「あ、流石に悟は知ってるよな?」
「なにを〜?」
「希の男」
「ん〜?そりゃあ勿論知ってるよ。僕と希の仲ですから♡」
「ふーん。つーか見えるとこにわざわざキスマつけるようなめんどくせえ彼氏いんだから悟もあんまベタベタしない方がいいんじゃね?」
「男の嫉妬は怖いからな〜気をつけろよ悟〜」
「おかか!」
「えー?でも希は僕のだし♡それに僕より強い男なんてこの世に存在しないから全く怖くないし別に平気っしょ♡」
「うわー」
「うわー」
「……」
「あからさまに引くのやめて。泣くよ??」


えーん、えーん。泣き真似をする悟。あれデジャヴ。
でも、まあさ。もうすぐ授業がはじまるから教室に足をすすめている真希がぴたりとその足を止めて、振り向いてニヤリと口角を釣り上げる。


「希の男には悪いけど、結構お似合いなんじゃね?そこのバカ二人」


えっ。思わず悟と顔を見合わせて、そしてすぐに視線を戻すけどもうそこに真希の姿はなくて、相変わらず早いなあ、なんて。ツンデレのかわいいかわいい生徒のことを思い浮かべてクスクスと笑う。


「見えるところにキスマつける男はめんどくさいんだって、五条先生」
「そんなめんどくさい男を好きなくせにぃ」
「私、こう見えて結構一途なんだよ?知ってた?」
「そーなの?全然知らなかった」
「私が愛してるのは今もこの先も、悟だけ。傑じゃないよ」
「……気付いてたの?」
「えー?むしろ気付かないと思ってたの?」


そう言えば、口を開けてキョトンとする悟。そしてすぐに拗ねているように頬をぷっくりと膨らませて、私の頭の上に大きな手のひらを乗っけてせっかくセットした髪の毛をわしゃわしゃされる。


「この後行くんでしょ?傑のお見送り」
「ん〜?うん。悟も行くでしょ?」
「…僕はこれから急遽決まった任務に行くんですぅ。硝子も急患に当たってて見送り行けないらしいし…はぁ…」
「私と傑が二人きりになるの、そんなに不安?」
「………ん」
「ふふっ。かわいい」
「………ぎゅーしちゃだめ。手も握っちゃだめ。顔寄せて話すのもだめ。これ全部、約束して」
「…ぎゅーだめ?」
「だめ。絶対だめ」
「………わかったぁ」
「約束な?」
「うん。約束」
「じゃあ小指だして。指切りげんまんしよ」
「ん」


小指を絡め合って、指切りげんまんの歌を歌う。アイマスクで表情こそ見えないけれど、悟の不安がひしひしと伝わってくる。勿論その原因は私にあるし、罪悪感は一生消ることはないと思う。けれど、悟のそんな表情を見るたびに私は安堵して、幸せを感じるのだ。

もし、もしも。悟と硝子が一線を超えていたら、私はどうするんだろうとふと考える時がある。悟みたいにその事実を受け入れて、以前と変わらぬ愛を捧ぐことができるのだろうか。悟のことを愛してる。でも、硝子のことだってすごく大切。きっと私はなにがあってもこの二人から離れることはできない。だから悟みたいに、不安に押しつぶされそうになりながらも、一緒にいることを選ぶのだろう。
ああ、やっぱり私達はーー。










「……希?」
「ん?あっ、ごめん。なあに?傑」
「大丈夫?なんかぼーっとしてたけど」
「ん〜?傑が帰っちゃうのが寂しいなあって思ってた」
「…嘘つき」
「えっ」
「悟のこと、考えてたでしょ?」
「…アハッ、バレたぁ?」
「酷いなあ。目の前に私がいるのに、他の男のことを考えるなんて」
「ふふっ。夏油先生、それは嫉妬ですか?」
「うん」
「ん?」
「嫉妬してる。悟に。もう、ずーっと前から」


冗談やめてよ〜なんていつもみたいに笑おうとしたのに、その瞳があまりにも真剣で、言葉が出なかった。

傑は私のことをそういう意味で好きではない。誰に何を言われたわけでもなく、高専の頃から当たり前のようにそう思っていた。兄妹みたいで、親友のようで、いて当たり前の存在だった傑。
傑のことが大好きでたまらなかった。一緒にいると安心した。なにをしていても楽しかった。






「その首筋の痕も、希から悟の匂いがするのも…全部全部、死ぬほど嫉妬してる」


……こんな傑を、私は、知らない。

// //
top