自分勝手な私を許して

なんで今まで気付かなかったんだろう。

あんなに一緒にいたのに。

私は傑の
何を見ていたんだろう。







「………希?」
「……え?」
「大丈夫?またぼんやりしてる」


傑の骨張った大きな手が私の頬を優しく包み込む。

今私達をちらちらと見ている人達は、きっと私と傑のことを恋人同士だと思っているのだろう。そう勘違いされてもおかしくないくらい、私達は学生時代からずっと距離感が近い。


「ちゃんとご飯食べて、しっかり睡眠取らないといけないよ」
「……お母さんみたい」
「希のことが心配なんだよ。分かるだろう?」


優しい眼差しで見つめられて、思わず顔が熱くなる。


「顔赤いね。かわいい」


かわいいとか綺麗とか、そんな褒め言葉は昔から言われ慣れていて。傑にも数え切れないほど言われてきたはずなのに。

傑にこんなにドキドキしたのは、初めてで。

胸がキュッと苦しくなって、咄嗟に視線を逸らす。


「そろそろ行くね」


色々な感情が混ざり合って、頭の中がぐちゃぐちゃになる。心臓の辺りが重くて、息苦しい。


「希」
「……」
「今度会った時、大事な話がある」
「えっ」
「じゃあ、またね」


私が言葉を発する前に、ひらひらと手を振りながら改札口を通っていく傑をただ見つめることしかできなくて。
あんな真剣な表情で、大事な話って、何。
スマホがブーブーと震えている。誰かなんて見なくても分かってる。けど。こんな混乱している頭で話したくない。少しだけ、冷静になりたい。
携帯の電源を切って、駅のホームをぶらぶらと歩く。どれだけ歩いても、頭の中は傑のことでいっぱい。


「……っ」


ねえ、傑。
いつから?

いつから私のこと、好きなの。


目頭が熱くなって、目尻から溢れ出る涙がポタポタと溢れ落ちる。


どれだけ傑のことを傷付けてきたんだろう。
悟のことも傑のことも傷付けて、私は一体何をしたかった?

ただ4人でずっと一緒にいたかっただけなのに。

そんな願いすらも、叶わないのだろうか。


「希」
「ほんっとに君は…危なっかしいな」
「ハイハイ。希が1番かわいいよ」
「大好きだよ」
「抱きしめてもいい?」


傑との思い出が蘇る。
傑のことが大好き。好きで好きで大好きでたまらなくて涙が出るほど愛おしくて大切な存在。だけど、私は傑の想いに応えることはできない。でも。私に傑を拒否することができるの?無理、そんなこと絶対にできないよ。だって私は、傑の悲しい顔なんて見たくない。


じゃあ、どうしたらいいの?





ぱたりと、足を止める。
視線を遣ると、そこにはあからさまに怒っている雰囲気を醸し出している悟がいて。思わず眉を下げる。


「………ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「………電話に、出なくて、」
「うん。そうだね。すっげー心配した」
「……っ、ごめっ、」


ごめん。ごめんなさい。悟のことを裏切って、あんなに一緒にいた傑のことも本当は何にも分かっていなかった。そんな自分が悔しくて、情けなくて、嫌いで。涙がとめどなく溢れてくる。


「あーあ、希のこと、浮気者!って怒るつもりだったのに」
「…っ」
「こんなポロポロ泣かれたら、叱れなくなるじゃん」


狡いなぁ。ぽつりと呟いて、ぽん、と頭の上に悟の大きな手が乗っかって、わしゃわしゃと髪の毛をかき回される。


「高専には戻らなくていいから、今日はもう一緒に帰ろう」


うん。と小さく頷いて、差し出された悟の手に指を絡ませる。帰り道。悟は私に何も言わなかった。悟なりの気遣いだって分かってるから、私も何も悟に言わなかった。悟は優しい。いつだって私のことを大切にしてくれて、愛してくれる。だからこそ、胸が張り裂けそうな思いがする。苦しくて、辛い。


家の中に入った瞬間、ぎゅうっと力強く抱きしめられる。


「…………傑になんか言われた?」


あまりにもその声が弱々しくて、不安そうで。背中に手を回して、その胸に顔を埋める。


「………大事な話があるって、言われた」
「……大事な話、ねえ」
「ねえ、悟」
「ん?なあに」
「、ごめんね」


「それは何に対してのごめん≠ネの?」


苛立ちを含むその言い方に、無意識に身体がぴくっと反応する。


「傑が好き?だから、ごめん?」
「ちがっ、ちがう、!」
「希さっきから謝ってばっかり。
なに、もしかして僕振られるの?」
「そんなわけない!絶対ない!」
「例え振られたとしても、俺は絶対にお前のこと離さないから。死んでも別れないし、傑に希は渡さない」


骨が軋むくらいきつく抱きしめられて、思わず痛いっ、って声が漏れるけど、悟は離してくれない。


「私はっ、私は悟が好きだからっ、絶対に別れない、」
「うん」
「愛してるの…っ」
「…うん」
「悟のこと愛してるのぉぉぉ……っ」
「………泣きすぎ」


玄関で、まるで身体が一つになりそうなくらいぎゅうぎゅうに抱きしめあって。付き合って何十年も経つけど、よくここまでお互いのこと愛せるよなぁって思うくらい、悟は私のことを、私は悟のことを愛していて。


「希」
「え?………んっ」

視界いっぱいに悟が広がって、ゆっくりとかさついた悟の唇が私の唇に触れて、ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てながら離れて、また何度も唇を重ね合わせる。


「僕を捨てないで」
「捨てない、捨てるわけない、」
「一生僕だけを愛して」


蒼の宝石のような美しい瞳が揺れる。


「悟だけを愛してる…っ」


この言葉に嘘はない。けど。なんでこんなにも、胸がざわざわするの。悟のことを愛してる。悟のことが大切。じゃあ、傑は?



傑のことだって、愛してるし、大切。だけど私の傑に向けるそれは、恋愛感情ではないことを私が1番分かってる。

でも。私が傑を振ったら、私と傑はもう今までの関係には戻れないと思う。傑の性格上、最悪私の前から姿を消すだろう。
それはつもり、

傑ともう二度と会えなくなる。


嘘、やだ、そんなの絶対に耐えられない。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
不安で胸が押し潰されそう。
苦しい。苦しい。誰か助けて。


「っあ、ん…っ、さとる…っ」
「……ッ、希っ、!」


悟に抱かれてながら、傑のことばかり考えている私は、正真正銘の最低野郎だ。

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