家入硝子の恋愛事情

まだ五条と希が付き合う前に、一度だけ希に聞かれたことがある。


「悟と傑、付き合うならどっちがいーい?」


至極どうでもいい。心中で思ったことがそのまま顔にも出ていたのだろう。希は不服そうに頬を膨らませた。経験上、機嫌を損ねた希ほどめんどくさいものはない。だから、適当に「夏油かな」なんて答えた。するとパーっと表情が晴れて嬉しそうにする希に変な誤解を招きたくないから「この2人ならね。夏油なんて天地がひっくり返っても有り得ない」と言い切った。希は目を丸くして、そしてガタンと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がる。


「なんでー!傑かっこいいじゃん!」
「好みじゃない」
「優しくて強いし!」
「は?優しい?誰が?」
「もーーーーー!!!!」


そういえば、何故か昔から希は私と夏油をくっつけたがってな。そんなことを思い出して、自然に頬が緩む。あの頃は、バカみたいにいつも4人で一緒にいた。くだらない話で腹を抱えて笑い合ったり、夜通しゲームしたり、ちょっとしたことですぐ喧嘩したり。なんだかんだで毎日が新鮮で楽しかった。…うん、楽しかったなぁ。














「………え?」
「なんてな。夏油なんて天地がひっくり返っても有り得ない」


懐かしい台詞を言えば、希は私をじっと見つめる。


「……………」
「何?」
「私達、親友でしょう?」
「そうだな」
「本音は?」
「秘密」


もうそんなの、好きって言ってるようなものだけど。好き≠ネんて言いたくないし。希はただでさえ大きな目をまん丸に見開いて、そしてふー…と深く息を吐き出す。


「あの頃の私達が今の会話を聞いたらどう思うんだろうね?」
「ショック死するんじゃない?私が」
「ふふ。でしょうね!」


お互いクスクスと笑い合う。
人生、何が起こるか分からない。










まあ正直なところ、夏油を好きなのか、自分自身よく分かっていないんだけど。
だってあの夏油だし。
高専の頃から一緒にいるから知ってる。一見礼儀正しく理性的で物腰が柔らかそうに見えるけど、実際は短気で負けず嫌いでムッツリのただのガキんちょだし。なのにエグいほどモテて、基本的に来るもの拒まずで、なんなら普通に浮気してたし。
だけど。仲間思いで気遣いができて優しすぎる。繊細で、真面目で、生きづらそうで、何をしでかすか分からない。そんな奴で。

嗚呼、そうだ。
いつしか、そういう夏油の危なっかしいところが、ほっとけないと思うようになった。

それが恋なのかと問われると、ビミョ〜なところだとは思うけど。


でも。


「希が幸せなら、私はもう、何も望むことなんてないよ」


夏油がどうか幸せであってほしい
心の底からそう思ったのは、紛れもなく事実だ。


















『はい』
『私』
『うん。知ってる』


何かあると、すぐに電話がかかってくる。アイツの恋愛相談を受けるようになってから、高専の頃より距離が縮まった気がする。懐かれた。うん、この表現が1番しっくりくるな。今の私達は、そんな関係。


『あのさ、硝子』
『うん』
『希に告白しようと思うんだ』
『へえ。頑張れ』
『え、それだけ?』


まあ、硝子らしいけど。なんて夏油がクスクスと笑う。私らしいってなんだよ。

ふー…とタバコの煙を吐き出して、口を開く。


『振られたら慰めてやるよ』
『ふは、振られるの前提なの?』
『呪術界一のモテ男が失恋なんて見物だな』
『まだ振られるとは限らないよ?』
『ハイハイ』
『まあ、もし振られたらその時は硝子に慰めてもらおうかな』
『ご飯奢ってやるよ』
『ありがとう』
『なんだよ素直じゃん』
『いつも思ってるよ。硝子がいてくれて良かった』


なに、それ。

心臓がバクバクする。

不整脈???



いや、本当は分かってる。けど、認めたくない自分もいて。だって今までそれなりに恋愛してきたけど、向こうから告白してきてなんとなく付き合うパターンだったから相手のことを本気で好きだったのかと聞かれるとそれは違うと思うし。

だからこんな気持ちになるのは、初めてで。


『いきなりなに。キモい』


夏油が可笑しそうに笑う。

素直になれないとか、小学生男児かよ。





「ねえ、悟」
「なあに」
「私ね」
「うん」
「悟に出会えて良かった」
「ふは、いきなりどうしたの」


愛し合った後。ぎゅっと悟に抱きつきながらそう言えば、悟は優しい眼差しで私を見つめながら髪を手櫛で梳かすように撫でる。


「ずっとね、本当は、寂しかったの」
「うん。知ってるよ」
「でも今は悟がいるから」
「もう、寂しくない?」
「ん」


悟の美しい顔が近づいてきて、そっと瞼を閉じる。唇に柔らかな感触を感じて、ゆっくりと瞼を開けると、視界いっぱいに悟が広がって、引き寄せられるように角度を変えて何度も唇が触れ合う。


「やばい。また勃ちそう」
「今日はもうシないよ?」
「えーーー」
「五条先生。明日も朝からお仕事です」
「なんか希の先生呼びエロいな…」
「おっさんか」


クスクスと笑い合って、見つめ合う。


「ねえ、悟。私ね、」
「うん」
「悟と傑と硝子がなによりも大事なんだよ」
「うん。僕も同じだよ」
「みんながみんな、幸せであってほしい」


硝子も、傑も。誰も傷付いてほしくない。そんなこと、無理だって分かってるけど。それでも。本当に心の底から、大好きな人たちだから。笑っていてほしいって、そう思うんだ。


「そうやって自分のことを想ってくれてる人がいるだけで、充分幸せ者だよ」


目をぱちくりとさせて、そしてくしゃりと笑う。


「悟!大人になったね〜!」
「え?もしかしてバカにされてる?」


ずっとずっと、4人で笑い合っていたいな。
飽きもせず毎日一緒だった、あの頃みたいに。

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