まるで呪いだ

変わりゆく景色の中で、鳴り響く着信音。マナーモードにするの忘れてたなあ。そんなことを思いながらスマホに表示されている慣れ親しんだ名前に、自然と表情が緩むのが分かる。


『もしもし。希?』


久しぶりに聞いたその声色に、心がいつになく穏やかになる。私達は大人になった。あの時から変わったものは数えきれないくらいあるけれど、それでも、私の大切な人達は高専時代からずっと変わらない。



『なにか用?裏切り者さん』
『…はあ。良い加減その呼び方辞めてくれない?』
『事実でしょ。で、なんか用?』
『もしかして急いでる?これから任務?』
『今悟とデート中なのー』
『と、言うことだから裏切り者は貴重な僕たちのイチャイチャtimeを邪魔しないでくだーい』


隣に座っている悟にスマホを奪われて、傑にそう言う悟は意地悪く口角が吊り上っている。
傑の呆れた溜息がスマホから漏れてきて、思わずクスクス笑ってしまう。しばらく傑と話していた悟は飽きたのか「ん」とスマホを渡してきて、再びそれを耳元に当てる。


『今度そっちに1週間ほどの長期任務が決まったよ。また詳しい日程はLINEする』
『うちに泊まれば?』
『悟に悪いから遠慮しておくよ』
『悟は久しぶりに傑とオールでゲームしたいって言ってる』
『悟元気すぎない?私達、もうアラサーだよ?』


控えめに笑う傑に、やっぱりかと少しばかり落胆してしまう。
今年恵が高専に入学して寮に入るのと同時に悟と同棲をし始めた。本当に悟に遠慮してるだけ?悟はむしろ泊まって欲しいって言ってるのに?
なんなら津美紀と恵と一緒に暮らしていた時でさえ、傑は私の家に泊まろうとしなかった。
もしかして、避けられてる?


それからしばらく他愛のない会話をしてから通話を終わらせた。
はあ、と溜息を零す私に悟は眉を下げて頭を撫でてくれて、そのままその肩に頭を乗っけて瞼を閉じる。


「傑は、希のことが大切なんだよ」
「知ってる。そんなの知ってるよ。でも、」
「妬けちゃうなあ。僕と2人きりはそんなにご不満?」


少し拗ねているような声色にゆっくりと瞼を開けると、視界には宝石のように美しい碧が広がっていて、その頬を両手で挟んでちゅ、と柔らかな唇にキスを落とす。


「すぐヤキモチ妬くところ、昔から全然変わらないね」
「僕のお姫様はすぐに目移りするから気が気じゃないんだ」
「よーく見て、私の顔、悟のことしか見えない、食べちゃいたくらい愛してるって書いてあるでしょ?」
「………ほんとだ。そう書いてある。希になら喜んでこの身体の全てを捧げるのに」


額を合わせてクスクス笑い合う。
付き合って10年以上、喧嘩もするけど別れ話に発展したことはないし自分で言うのもなんだけどめちゃくちゃ仲良しだしラブラブだと思う。

新幹線が目的地に到着して、ハッとして顔を上げる。


「私のかわいい息子くんは大丈夫かなあ?」
「…今更?ていうかさっきまで忘れてたでしょ」
「テヘッ」
「そんなかわいい顔しても許されませーん」


ぎゅっと手を繋がれて、指を絡めとられる。
私も悟のことが大好きだけど、それに負けないくらい悟も私のことが大好きでたまらないんだと思う。こうやってすぐに男避けをするところ、すぐにぎゅーってしてくるところ、ヤキモチ妬きなところ、眠る前は必ず抱き合ってちゅーするところ。お互いがお互いに依存している自覚はある。私は悟が、悟は私がいなければ、きっと私達はダメになる。壊れてしまう。だからこそ、“あの過ち”を10年以上経った今でさえ、口に出せないでいる。後悔はしていない。でも、だけど。傑のためにも、私のためにも、いっそ墓場まで持っていこうか。その思考が頭を過ぎるたび、罪悪感で胸が押しつぶされそうになるの。


あの日の出来事は私達の“罪”だ


ねえ、
傑はどう思う?


「希」
「…なあに?」
「今、誰のこと考えてる?」
「んー。悟のこと」
「よろしい」


嬉しそうにはにかむ悟に胸がずきりと痛んだことには、気付かないふりをした。







「恵〜〜〜!」


駆け寄ってぎゅーっと力強く抱きしめると、「はっ!?」と目を見開いたまま倒れこむ恵。
私のかわいいかわいいかわいい恵をここまでぼろぼろしたのは一体どこのだれ呪霊なのかしら?


「せ、清宮先生がなんでここに」
「ちょっとぉ、本当にこれからそう呼ぶつもり?…また前みたいにママって呼んで?」
「いや、今まで一度たりともそんな呼び方したことありませんよ」


はーと顔を顰めながらため息を吐く恵にケラケラ笑いながら髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜていると、首根っこを掴まれてぐいっと後ろに引っ張られる。


「うぎゃっ」


「いつまで恵に引っ付いてるつもり?」
「かわいい息子がこんなにボロボロになってたらママは心配するものでしょ?」
「過保護なママは鬱陶しがられるだけだよ?」
「こんなに美人ママでも?」
「ぐっ…」
「俺の前でイチャイチャするのは辞めて下さい…」
「それは難しいなあ。ほら、僕と希ってちょーーー仲良しだし?」
「…てか今どういう状況?」
「いきなり正気に戻るのやめよ?希チャン」


首根っこを離されて頭に軽いチョップを受ける。
いたあい!とわざとらしく頭をさすりながらむくれていると、恵が私と悟を交互に見て「てか清宮先生と五条先生がどうしてここに」と今更すぎることを聞いてきて思わず笑ってしまう。

カシャカシャとボロボロの恵をスマホで撮りまくる私(頑張った恵を記念に撮っておきたい)を横目に、悟が「来る気なかったんだけどさ。さすがに特級呪物が行方不明となると上が五月蝿くてね。希とのデートがてらはせ参じたってわけ。で、見つかった?」と恵に問いかける。
それに対して気まずそうに黙り込む恵にんーこの感じだとまだ見つかってないのかなあ。なんて呑気に思っていたら、いきなりスッと現れた恵と同じ年くらいの男の子。


「あのー。ごめん。俺それ食べちゃった」


……
…………
……………


「「マジ?」」


「マジ」


「悟。早く。視ろ」
「まあまあ。そんな焦らさないでよ」
「流石に焦るわ!」


急かす私にハイハイと肩をすくめて彼をジーっと見据える悟。


「ははっ本当だ。混じってるよ。ウケる」


マジで混じってるんかーい。つかこの子、アレを食べたとか正気??呪術師じゃなくても充分イかれてんな。


「体に異常は?」
「特に…」
「宿儺と代われるかい?」
「スクナ?」
「君が喰った呪いだよ」
「あぁ、うん。多分できるけど」
「じゃあ10秒だ。10秒経ったら戻っておいで」
「でも…」
「大丈夫。僕、最強だから」


準備体操してニィと口角を吊り上げながらそう言う悟に片手で顔を覆いながら呆れていると、視線を感じて顔を向ける。バチリと彼と視線が合わさって、その瞬間、カアアアと顔を茹でタコみたいに真っ赤に染め上げた彼がバッと視線を逸らした。…え、純粋すぎない?かわいいなあ。


「おい。いいか。清宮先生だけはやめとけ。一見まともに見えるけど中身は五条先生に負けず劣らずのクズだからな」
「え〜〜!?!?クズ???」
「「おいおいおい恵、酷くない?」」


唇を尖らせながら悟とそう言うと、恵に「俺は事実を言ったまでです」とツーンとそっぽを向かれた。…うそ、もう反抗期なの?ママ悲しい…。


「まあいいや、恵。これ持ってて」
「これは?」
「喜久福」


信じられない!と言いたげな恵の前に立って念のために結界を張る。


「土産じゃない。僕と希が帰りの新幹線で食べるんだ。これ、希の大好物なの♡」


後ろから悟に襲いかかる宿儺に恵は焦りながら叫ぶけど、勿論悟に攻撃が当たることはない。
たった指一本を取り込んだだけの宿儺に、あの悟が負けるはずがない。


絶対的な信頼感。


「生徒の前なんでね、カッコつけさせてもらうよ」


かっこいい…胸きゅん…さとる…抱いて…


無意識に心の声が声に漏れていたらしい。後ろを振り向くとごみくずを見るような目で恵が私を見ていて地味に傷つく。小さい時はあんなに希ちゃん!希ちゃん!って私の後ろばっかり付いてきて懐いてたのに!
ボソッと「これで付き合ってないんだからな…」なんて呟く声が聞こえてきたけどそれには聞こえないフリをした。



「おっ。大丈夫だった?」


本当に10秒で戻ってきた彼に驚きを隠せない。あの宿儺を制御してるなんて、彼は一体何者なの?

彼を気絶させた悟の後ろからぎゅーっと抱きしめる。


「これで目覚めた時宿儺に体を奪われていなかったら、彼には器の可能性がある」
「さっすが僕の希!そーいうこと。さて、ここで恵にクエスチョン。彼をどうするべきかな」
「……仮に器だとしても、呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です。でも、死なせたくありません」


真っ直ぐに見据えてそう言う恵の瞳には頑固たる意志が感じ取れて、その成長に目頭が熱くなる。
悟はそんな私に気付いてハンカチで涙を拭ってくれて、それを引いた目で見ている私のかわいい恵…。


「…私情?」
「私情です。なんとかしてください」
「クックック。かわいい生徒の頼みだ。任せなさい」

















補助監督の運転する車に恵と彼を乗せてひらひらと手を振る。勿論恵が手を振り返すことはない。悲しい…。


「なにあれ反抗期?ママ泣いちゃう」
「あー見えて恵はマザコンだから。安心しなさい」
「そうかなあ?」
「そうそう。僕には分かる」
「ふふ。六眼ってそんなことまで分かっちゃうの?」
「勿論。僕の六眼はなーんでもお見通しなの」
「…ふーん。じゃあ今私が何を考えてるのか分かる?」
「んー」


「“俺にめちゃくちゃに抱かれたい”だろ?」
「正解」


つま先立ちをして首に腕を回してキスをする。


「希のえっちなスイッチ押しちゃった?」
「うん…悟がかっこよすぎるのが悪い…」
「かあわい。ご要望通り今夜はめちゃくちゃに抱いてあげる」


私の悟。私だけの、悟。何があっても、これからどんなことがあっても、私から離れていかないで。
まるで懇願するように夢中になってお互いの舌を絡め合う。これが呪いじゃないと言うのなら、人はこの感情を何と呼ぶのだろう。

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