愛ほど歪んだ呪いはないよ

なんてことない廃墟の病院での3体の1級呪霊の討伐。
あっという間に終わらせて伊地知の運転する車の後席に乗ろうとした瞬間、ぶわっと身体が身震いするほどの呪力を感じて後ろを振り向く。


「あの…清宮さん、どうかされましたか?」


恐る恐る聞いてきた伊地知に「はー…」と大きな溜息を零しながら髪をかきあげる。瞬間、ヒィッと小さな悲鳴をあげる伊地知をギロリと睨んだ。お前どんだけ私にびびってるんだよ。こんなに優しい先輩に向かって失礼でしょーが。


「戻る」
「はっ!?いやでもっ任務は完了したんですよね?」
「特級がきてる。1時間もかからないと思うから、伊地知はエロ漫画でも見ながら待ってな」
「エロッ!?そっそんなもの見ませんよ!あのっ特級は何体くらいいるか分かりますか?!いくら清宮さんとは言え複数の1級呪霊の討伐の後です。もしものことがあったら…今すぐにでも加勢を呼んで「伊地知」


名前を呼ぶと、冷や汗を垂らしながら私を見据える伊地知にクスッと笑って頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。


「ごちゃごちゃうるせーよ。私を誰だと思ってんの?」


顔がさーーーっと面白いくらい真っ青になっていく伊地知に背を向けて手をひらひらさせながらさっき来たばかりの道に戻る。
後ろから私の名前を必死に叫ぶ伊地知の声が耳に届くけど聞こえないフリ。


しばらく歩いて、ぱたっと足を止める。


「さっさと出てこいよ。こっちは予期せぬ残業でイラついてんの」

「おーい聞こえてる〜?もしかしてシカト?呪霊のくせに生意気〜」

「あ゛ぁぁぁ腹立つ。もーいいわ。待つのは性に合わないんだよね」


「来ないなら、こっちからいくよ?」


瞬間。呪力と呪力がぶつかり合い、爆発音が鳴り響く。
衝撃で辺り一面の木々は倒れ落ち、黒煙の中に立ちすくむ呪霊がニィッと不気味な笑みを浮かべている。
身体はそこまで大きくないが、この呪力量。間違いなく特級だ。だけど。


「君、特級の中でもそんな大したことないね」


ニヤリと口角を釣り上げながらそう言うと、特級の纏う呪力量が一気に増えて、手先に呪力が集まっていく。成る程。喜怒哀楽がハッキリしてる。


「ヒギャァァァァァァァ‼‼‼」


でも、言語は取得していない。特級の中でも果てしなく1級に近い呪霊。早く帰りたいし、一応特級相手だから領域に引きずり込んですぐにケリつけるつもりだったけど、その必要もなさそうだなあ。


「君が弱くて良かったよ」


特級の手先に集まった呪力を纏った光弾が地面を削りながら此方に向かってくる。掌印を組むと結界が私を覆い、光弾が反射して物凄い爆発音と共に特級に命中する。瞬間、胴体が真っ二つに避けて、紫の液体がプシャーッと飛び散る。
一応、腐っても特級だから、念には念を。
足に呪力を込めて黒煙の中を走り抜け胴が裂け悲鳴を上げる特級の首目掛けて思いっきり蹴り上げると、首が吹き飛びそのまま悲鳴にならない声を上げながら特級は消滅した。


ふー…。
雑魚とは言え、未登録の特級との遭遇。
学長に報告しないとなあ、なんてタオルで顔を拭きながらポケットから携帯を取って、思わず顔が引き攣る。LINEの未読32件。不在着信150件。信じられる?これのほとんどが悟からなんだよ。特級と対峙する時より断然こっちのが恐怖だわ。

どうしよう、なんて言い訳しよう
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら、ブーブーと震えだすスマホ。ディスプレイには『さとる♡』の表示。
…これは、もう、腹をくくるしかない。
意を決して指で画面をタッチすると、すぐに耳に届くいつもより数段低めの悟の声。


『希』
『…悟。怒ってる?』
『これが怒ってないように見える?』


激おこじゃん。こっっわ。きっとあれからすぐに悟に連絡を入れたであろう伊地知にどうしてやろうかと心の中で舌打ちをしていると、悟が『おいシカトかよ』とまるで高専の時みたいな口調で私を攻めたてる。


『…未登録の特級。ちゃんと祓ったよ。怪我一つしていない。何も問題ないでしょ?』
『それは結果論だよ。複数の1級呪霊の討伐のすぐ後に特級との遭遇。いくら希が強いからって一人だけで討伐するのが得策だとは僕は思わない』
『…悟だったらどうするの?加勢が来るのを待つ?すぐそこまで特級が来ているのに?もしその間に特級に逃げられ『希』


『“ごめんなさい”は?』


有無を言わせない物言いに、ぐっと唇を噛んでおし黙ると、悟はイライラした様子で『希』と私の名前を咎めるように呼ぶ。


『…………ごめんなさい』
『ん。初めから素直にそう言えばいいのに。僕はね、希のことが心配なの。希に何かあったらって考えると頭がおかしくなりそうなの。何も手につかない。なんでか分かる?希のことを誰よりも愛してるから』
『うん…ごめんね』
『希に傷をつけていいのも、希を殺していいのも、全部ぜーんぶ、この世でたった一人、僕だけなんだよ』
『もう…もう絶対に一人で無茶しない。約束するから』
『はは。その言葉忘れるなよ?二度目はない』


私の実力を信用していない。私の気持ちなんてものは知らんぷり。過保護なのかなんなのか知らないけど、ふざけんな。言いたいことは山ほどあるけど今の悟に何を言っても無駄なことは私が一番よく分かってる。電話を切った後に深く、深く息を吐き出してタバコを取り出す。そんな私を遠巻きに眺めている不気味な気配に、この時の疲労しきっている私は気付けるはずもなかった。






「“清宮希”。想像以上の強さだ。流石あの“五条悟”のお気に入りなだけある」
「2人は恋人同士なのかな〜」
「ふんっ。そんなことはどうでもいい。だがしかし、あの女が五条悟の唯一の弱点になることは確かだ。あの女を人質にするにはまずあの女より強く、そして圧倒的に我々が勝利しなければならない」
「せっかく清宮希の領域展開が見れると思ったのに。やっぱりあれくらいの特級なら瞬殺だったか」
「まあ、いい。あやつの“反射術”も見れたし全くの収穫無しということではなかろう」
「ははっ。それもそうだね。さて、と。次は宿儺の実力がどれくらいのものなのか。あ〜考えただけでワクワクするな〜!」












「伊地知」
「ヒィィィィィッ」
「伊地知のせいで悟に怒られたんだけど」
「すすすすいませんっ…!」


平謝りする伊地知に溜息を零す。分かってる。悟にもきっとなんで止めなかったんだって引くほど叱られただろうしここで私まで伊地知を叱ったらそれこそ本気で伊地知がストレスで胃潰瘍になりかねない。
ここは私が一つ、大人にならなければ。腐っても伊地知の先輩なんだから。


「伊地知は何も悪くないよ。ごめんね。高専に向かってくれる?」
「えっ…あの…」
「いつも私達の間に挟まれて大変だよね?今日はゆっくり休んでね」
「は、はぁ…(怖い…!清宮さんの情緒が不安定すぎて怖い!これなら怒られてた方がまだマシだった!)」
「ん?今なんか失礼なこと考えた?」
「いっいえ!!!!そんなこと一切考えておりません!!!!!」


伊地知ってなんでも顔にでるところがかわいくもあり憎たらしくもあるなあ。まあ、結局はかわいい後輩なんだけど。
















『ヤッホー傑!お疲れサマンサー』
『もしもし悟?こんな時間にどうしたの?てか声でかいよ』
『今日希と硝子に会ったんでしょ?どうだった?僕も久々に傑に会いたかったなあーー』
『はは。疲労のせいかすぐに潰れちゃって希とはそんなに会話できなかったよ。でも、私が京都に戻るまでに4人で集まるし私も久々に悟に会えるの楽しみにしているよ』


『…傑はさ、僕のこと大事?』


『悟?いきなりどうしたの』
『いいから』
『大事だよ。一言では言い表せないくらい。悟は私にとって、世界でたった一人の大切な親友だよ』
『…そっか。そうだよね〜。はは、僕ったらいきなりなに言ってるんだろ。こんなに僕のことを大切に思ってくれている傑が、希とどうこうなんてあるはずがないのに』
『……はは。そうだよ。悪い冗談はよしてくれ』
『時より、不安になるんだ。希が僕のもとから離れていってしまいそうで。不安で不安でたまらなくて、それで余裕がなくなって、あんな希を縛り付けるような『悟』


『大丈夫だよ、悟。希は悟のことを愛してる。悟のことしか愛せない。私から見ても分かる。断言するよ。希は悟から離れられない』


そんなの、まるで呪いじゃないか。
クスクス笑ってそう言う僕に、傑はやけに真剣な声色で、ポツリと独り言のように呟いた。


『愛ほど歪んだ呪いはないよ』


それはお前のことじゃないの?
口から出そうなその言葉を、グッと飲み込んだ。

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