もう戻れない

『五条にバレてる』


硝子から届いたラインに何度目かの深い溜息を吐き出す。
まあ、あの勘の鋭い悟のことだ。いつかは勘付かれると思っていたし、むしろよくここまで私の希への気持ちを隠し通すことができたんだと自分自身を褒め称えたいくらいだ。

希のことを忘れるために今まで数え切れないほどの女性と交際してきた。
それでも結局私は希のことが片時も頭から離れなかったし、それどころかいつも交際相手と希を比べてはその現実に落胆し、結局私は希しか愛せないんだということをまざまざと思い知らさたような気がして、目の前が真っ暗になって、絶望した。


透き通るような真っ白な肌をしているOL
色素の薄いサラサラのロングヘアーを靡かせている女子大生
美しいヘーゼル色の瞳をしている読者モデル
交際する女性はいつも希に少し重なる部分があったし、そういう女性をわざと探していた自覚はある。それでも猿は結局猿のままで、希にはなれない。希は美しすぎるから。誰一人として、希のあの美貌には敵わない。



悟のことが死ぬほど羨ましくて、もういっそのこと悟になりたいと叶うはずもないのに何度も何度も本気で願った。それでももう一人の冷静な自分が、耳元でそっと囁くのだ。
「希は悟の全てを愛しているから、中身だけが入れ替わったところで愛してもらえないよ」と。
その通りだと思うし、希がいくら私のことを好きだと言ったところで希の特別はいつだって悟で、私の恋なんて初めから勝算などないのだ。


だったらもういっそ開き直ってみる?
悟にバレたらもう変な言い逃れはできないだろう。
悟と私は、そもそも同じ土俵にすら上がれていない。いつだって希の瞳は、悟だけを映しているから。それならばもう、私の気持ちを希に伝えてもいいんじゃないかと思ってしまう。伝えたところできっとこの先の関係も変わらないし、もしそれで気まずい関係になって距離ができたとしても、それはそれで仕方がないとさえ思う。

例え悟と絶縁になったとしても。

そもそも自分が巻いた種なんだ。
あの日。悟を裏切ったのは、他の誰でもない、私なんだから。











「それでは、久々の4人の再会を祝してーー」
「「「「カンパーイ!!!!」」」」


ここに来るまでの間ずっとそんな思考を巡らせていたのに、思わず此方が拍子抜けしてしまうくらい、悟は普通だった。いや、むしろウザ絡みといいテンションの高さはいつも以上なのかもしれない。


「すぐるぅ、聞いてよー」
「さっきからずっと聞いてるよ」
「希がまだ怒ってるんだけど〜。酷くね?僕ちゃんと謝ったのにさあ」
「は?謝った?いつ?」
「さっき言ったじゃん!メンゴメンゴ〜!って」
「……」
「嘘嘘嘘!ごめん!本当にごめんなさい!希のこと世界一…いや宇宙一愛してるから許して下さい!だから僕のことそんなゴミ屑を見るような目で見ないで〜」
「…誰ぇ?悟に酒飲ませたのー」
「いや悟はシラフだよ」
「シラフでこのテンションはヤバイよな」
「うんヤバイ」
「希〜…」
「はぁ…もう怒ってないから。悟、こっちにおいで」


希が諦めたように笑って腕を広げた瞬間、パアッと花が咲くような笑みでその腕の中に飛び込む悟。希はそんな悟のことを愛おしそうに見つめながら頭をよしよしと撫でている。

そんな二人をビール片手に冷めた目で眺めている硝子と、呆れたように笑っている私。

まだ本当の恋を知らなかったあの頃。私達4人の関係はずっと変わらないと、そう信じていた。毎日がキラキラと輝いて、4人でいればなにも怖くなかった。あの頃の世界は間違いなく私達を中心に回っていた。
変わってしまったのは、この中でたった一人、私だけだ。


パチリ、悟と視線が合わさる。
その瞬間、ぞわりと背筋が粟立つ感覚がした。
悟の宝石のように美しい瞳が、冷たく刺すように私を射抜いている。
今まで悟とは数えきれないほどの喧嘩をしてきたけれど、そんな時でさえ、悟は一度だって私にこんな視線を向けたことはなかった。


嗚呼、こうなることを、覚悟していたはずなのに。


悟は私にとって、たった一人の大切な親友だ。
そんな悟に、こんな表情をさせたかったわけじゃない。私は一体今まで、どれだけ悟に嘘をついて、裏切ってきたのだろう。



「希は僕だけのモノだよ。絶対に誰にも渡さない。永遠にね」



確かに悟は私を見ながら、まるで独り言のように、そう呟いた。まるで呪いのような言葉だと思った。じわじわと私の身体の中に侵食していって、そんなにお酒は飲んでいなかったはずなのに胸の奥底からドロリとしたモノが込み上げてくるような感覚がして、思わず「ごめんね、お手洗いに行ってくる」と逃げるように個室の部屋を後にした。











「お手洗いに行くんじゃなかったの?」


外の空気に当たりながら一服していたら、悟がクスクス笑いながら私の隣に並んだ。
私は真っ直ぐに視線を向けたまま、タバコの煙を吐き出す。


「…すまない」
「それは何に対しての謝罪?傑は誤解しているかもしれないけど、僕はそれほど心の狭い男じゃないよ。誰かに恋する気持ちは、いつだって世界平等で自由だ。ダメだと言って簡単に諦めきれるような想いは、そもそも本当の恋じゃないしね。ただの“性欲”を“恋慕”と勘違いしてるだけ。だからもしも傑が希のことを“そういう意味”で好きだったとしても、僕は何も言わないし、勿論責めることだってしないよ」


予想外の言葉に、目を見開く。
ゆっくりと悟に視線を向けると、悟は「あっ!でも」と言葉を続けた。


「浮気は別かなあ。片想いすんのは勝手だけど、セックスしちゃったらそれは完全な黒。浮気だよね」
「悟、」
「で、傑は希とセックス、シたの?シてないの?」


「シたよ」


悟のその綺麗な顔からスンッと表情という表情が消え失せたのを、私は何処か他人事のように眺めていた。

きっともう、元には戻れない。

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