本当は、気付いていた。傑の希への想いに。いつの間にか妹のように優しく見つめていたその眼差しが、甘く恋するものに変わっていたことに。それなのに僕は、ずっとそれに気付かないフリをしていた。傑と希を失うことが何よりも怖かった。この世に生を享けてから、何も怖いものなんてなかったはずなのに。嗚呼、なんて僕は臆病者なのだろう。
「…いつから?」
「一度きりだよ」
「いつ?」
「高専三年生の時」
「どっちから誘ったの?」
「私からだよ。希は悟がいるからって最後まで拒絶してた」
「は?そんな希を無理矢理犯したってこと?そんなのレイプだろ」
「うん。レイプだよ」
傑は真っ直ぐに僕を見据えると、もう一度はっきりと、まるで自分に言い聞かせるように言葉を発した。
「高専三年生の夏に、私は希を、レイプした」
表情一つ変えずにそう言う傑に、相変わらず嘘をつくのが上手いなぁ、なんてどこか他人事のようにそう思う。
「嘘吐くなよ」
「…は、」
「オマエ、僕のことバカにしすぎ。オマエがどんだけ希のこと大切に想ってんのか僕が知らないとでも思ってんの?傑が希をレイプするとか、たこ焼きにタコが入ってないくらいの確率でありえねえから」
イライラする。傑が希のことを庇うためにこんなアホみたいな嘘をつくのも、それだけ希のことが好きだという事実にも何もかもが。
「…ふざけんなよ。なんでよりによって希なんだよ」
「……」
「まじでふざけんな…」
「…すまない」
「…謝って済んだら警察はいらねーんだよ」
オマエなんて女選び放題じゃん。なんでよりによって親友の彼女好きになってんだよ。親友と一人の女取り合うとかどこぞの少女漫画かよ。頭を抱えながら深いため息を吐くと、傑は何かを決意したような表情で真っ直ぐに僕を見据える。
「今度こそ、術師を辞める」
「は?」
「そもそもあの時にそうするべきだったんだ」
「オマエ何言ってんの?」
「術師を辞める。そしてもう二度と、
悟と希に会わない」
カーッと頭に血が上って、傑の胸倉を掴む。オマエは昔からそうだな。なんでも一人で抱え込んで、誰にも頼らないで。
「言い訳くらいすればいいだろッ…!」
「……」
「オマエと希が何の理由もなしに俺を裏切ることなんてありえねえ。なにか理由があったんだろ?!言えよ、ちゃんと聞くから。頼むよ、なあ、傑…」
「理由なんてない。希の事が好きだから、嫌がる希を無理矢理犯した。それだけだよ」
「…俺はオマエにとって、そんな頼りねえ存在か?」
「悟」
「私はもう、悟と希に会わない」
そのまま思いっきり傑を投げ飛ばせば、壁に打ち付けられた傑が俯きながらポツリと独り言のように呟く。
「ごめん」
だから謝るなよ。俺に全てを話せよ。なんでそうやって全てを諦めたような顔をして俺たちの前から消えようとするんだよ。正直今死ぬほどムカついてるよ。オマエが希に向ける想いには気付いていたけどまさか本当にヤってるなんて夢にも思わなかったから。だからオマエが必死になってそのわけを話してくれたら、思いっきりぶん殴ってめちゃくちゃ怒鳴ってそれでいつもみたいに気付いたら仲直りしてるなんてことになっていたかもしんねーだろ。
なあ、傑。
「どうか希と幸せに生きて」
そんな泣きそうな顔で、笑うなよ。
「…希はさ、僕のことを誰よりも愛してるんだよ」
「……ハハ、いきなりどうしたの。惚気?知ってるよ、そんなこと」
「だからさ、傑がどう頑張ったところでオマエの入る隙なんて1ミリもないんだよ」
「…悟?」
「さっき言っただろ?誰かに恋する気持ちは、世界平等で自由だって。だからオマエが、希を諦める必要なんてどこにもないんだよ」
「……」
「なんだよその目は」
「怒って、いないのか」
怒っているよ。なんならめちゃくちゃはらわた煮えくり返ってるよ。だってそうだろう?彼女と親友が一線を超えていたなんて、裏切り以外のなにものでもない。ーーだけど。自分の気持ちなんて二の次で僕と希の幸せばかりを本気で願う傑に、この僕が一体何を言えようか。傑のことだ。きっと今まで、物凄く苦しく辛い思いをしてきたんだと思う。何十年もの間、ずっと。もうそんなの、十分罰を受けてるじゃないか。
「僕は希のことを愛してる」
「…知ってるよ」
「一生離すつもりなんてないし、いずれは結婚だってするつもりだ」
「へぇ、それは初耳だな」
「でも、傑と硝子のことも、大切だ。大好きだ」
「……」
「だから、オマエはオマエの幸せを掴め。希にアプローチして玉砕してきっぱり諦めて、それで新しい恋をして幸せになれ」
「………なんだよそれ、振られる前提じゃないか」
「だって希、僕のことめちゃくちゃ愛してるもん」
ドヤ顔でそう言えば、傑は目を丸くして、そしてすぐに顔を緩めて可笑しそうに笑い始める。
「…ハハッ、なんだよそれ」
「ちょっと傑くーん?そこは笑うところじゃないでしょ」
「悟、知ってる?私こう見えて、結構モテるんだよ」
「ウゲェ、ナルシかよ」
「悟にだけは言われたくないかな」
は?なんだよソレ。傑と顔を見合わせてケラケラ笑い合う。なんだかこうしてると高専の時に戻ったみたいで、懐かしく感じる。そういえば傑とこうやって二人で笑い合うのなんて、ここしばらくなかったのかもしれない。それはきっと、僕のせいだ。いつも自分のことばかりで、希を失うことを何よりも恐れていた。その弱さが、ずっと傑を追い込ませていたのだろう。だから。
「希を落としてみろよ。ゼッテー無理だけど」
正々堂々、傑と恋のバトルをしてみよう。
「…後悔しても知らないよ?」
ニヤリと口角を吊り上げながらそう言う傑に、そっと手を差し出す。
「だから僕と希に会わないなんて、そんな悲しいこともう二度と言うな」
そう言ったら眉を下げて困ったように笑う傑に、本当は結構ビビってる、なんて。悔しいからゼッテー傑には言ってやんねえ。