「お前ら遅すぎだろ。うんこ?」
「はぁぁ?違いますぅー」
「女性がそんな下品な言葉を使うものじゃないよ、硝子」
「なんだよ図星か「だからちげーって」つーかマジでお前ら遅すぎて希潰れたんだけど」
自身の膝を指差しながらはあ、と深いため息を吐く硝子の顔もほんのりと赤く染まっている。
しゃがみこんで硝子の膝の上でスヤスヤと規則正しい寝息を立てながら眠っている希の頭をよしよしと撫でる。寝顔最強にかわいー…。癒されるぅ…。写メ撮ろーっと携帯を取り出そうとした瞬間、傑が僕よりも早く希の寝顔を携帯で撮っていてピキリとこめかみに青筋が浮かぶ。ギロリと睨みつける僕になにか?と言いたげな顔でニッコリと微笑む傑。いや確かに僕は傑に希を諦める必要なんてどこにもない、落としてみろよって言ったよ?言いましたけど…!流石に開き直り早すぎません傑さん??
「……あーそゆこと」
「なにその全て悟りましたよみたいな顔」
「良かったじゃん。本音言い合えて」
顔を赤らめながら机に頬杖をついてふわりと微笑む硝子は同期の贔屓目なしにもめちゃくちゃ色っぽいしかわいい。傑はそんな硝子に「君には本当に敵わないな」なんて困ったように笑いながらその頬にちゅっとキスを落とした。
「…お前ら最近マジで距離感バグってね?ダイジョーブ?疲れてんの?」
「いや悟ほどじゃないよ」
「ていうかお前と希にだけは距離感について何も言われたくないな」
「ひどっ」
「…私今日悟達の家に泊まろうかな」
「ダメ」
「なんで?前はあんなに泊まれ泊まれ言ってきたのに」
「ダメなもんなダメなの!正直傑にはめちゃくちゃ泊まってほしいけど…でも今日だけは泊まるの絶対にダメ!」
「いーじゃん夏油明後日には京都戻るんだから泊まらせてあげなよ。希も喜ぶだろうし」
「硝子やめてそれ今の僕には地雷だから」
「なにそれウケる」
「ウケねーよ。つーか傑今彼女いんだろ?流石に怒られんだろ」
「ああ、大丈夫。彼女とは別れたから」
「「は?」」
「ほら」
何食わぬ顔で携帯をかざす傑。硝子と顔を寄せながら食い入るようにその画面を見ると…
別れよう。今までありがとう。
と彼女らしき人物に送信していた。は?マジで?
「夏油さん夏油さん」
「なんだい、硝子」
「彼女からなんで?別れたくない。話し合いたい。電話しよ?嫌なとこ全部直すから考え直して…鬼のようにLINEきてますけど」
「はあ…めんどくさいなあ。ブロックするか」
「うわぁ…」
「鬼」
「悪魔」
「クズ」
「最低」
「血も涙もない男」
「ハハッ。辛辣」
見たことも会ったこともない女に少なからず同情をしていると、ん…ん…と希が目をしょぼしょぼさせながら硝子の膝の上からゆっくりと頭を上げる。寝ている希も最高にかわいいけど寝起きの希もマジでかわいい…天使…。
その薄桃色の小さな唇にキスをしようとしたら、傑がもそもそと起き上がった希をふわりと抱きしめて目を見開く。
「おはよう。希」
「……おはよう?すぐる、」
「寝癖ついてる。かわいい」
「?ふふっ。ありがとぉ」
まだ寝ぼけ顔でふにゃりと顔を緩ませて微笑む希と、そんな希を愛おしそうな眼差しで見つめる傑。いやこいつら完全に僕の存在忘れてね?ギリギリと歯軋りを立てていると硝子が可笑しそうにクスクス笑っている。いやマジで笑えねーから。
「明日もみんな早いしそろそろお開きにしようか」
「なんだよ珍しいな。いっつもまだいたいーって子供みたいに駄々こねる奴が」
「しょ〜〜〜こちゃぁぁん?」
「さとるぅ、抱っこ」
「ハイハイ」
「デレ顔きっしょ」
「硝子そろそろ黙って」
「希」
「ん?なあに「好きだよ」
「ふふっ。いきなりどうしたの?私もすぐるのことだぁいすき」
あまりの傑の変わりように思わず顔を見合わせる僕と硝子。いやこいつマジじゃん。マジで希落とす気じゃん。希が見た目に反して恋愛偏差値が果てしなく低いからまだ良かったものの、普通のそこらの女なら一瞬で傑に落ちるんだろうな。まあ希は僕にゾッコンだからよそ見するなんてそんなこと絶対にありえないけれども!!!!
いやでもコイツらセックス(済)なんだよな…?
あ、ダメだ…改めて思い返すとめちゃくちゃイライラしてきた。
帰宅してまだ足元がふらついている希をお姫様抱っこしながら寝室に連れて行くと、希がニコニコしながら僕の頬にキスを落とす。
「んっ…さとるぅ…」
「んー?希ちゃんさあ、 まだ寝惚けてるでしょ?つーか酔ってる?どんだけ硝子と飲んだんだよ」
「さとる、なんかおこってる?」
「少しね」
「なんでぇ?」
ベッドに座ったまま不思議そうにそう問いかける希の耳元に唇を寄せて、そっと囁く。
「傑とのセックス、気持ち良かった?」
その瞬間、ビクッと身体を震わせる希。
そのまま耳元にちゅっちゅっとキスを落とすと、希が待って…待って…と必死になって僕の身体を離そうとする。焦っているんだと思った。あの希が、柄にもなく本気で焦っている。…本当に傑と一線超えてたんだ。あの傑がそんな嘘をつくわけないことくらい分かっているのに、心の底ではもしかしたら…なんてバカげた期待をしていたのかもしれない。
「捨てないでっ、さとる、」
「え?」
「やだぁ…っ、わたしからっ、はなれて、ひっく、いかないでっ…」
ぎゅうっと縋るように抱きついてきて、その華奢な身体は微かに震えている。まるで怯えているように。ずっとずっと、とてつもない不安と戦っていたんだと思った。何十年もの間、傑との過ちを胸の奥底に秘めながら、ずっと。それはまるで、傑と見えないところで強く繋がっているようで、ヘドロのようなドロリとした黒い感情がじわじわと湧き出てくる。この感情を、僕は痛いほど知っている。
「離すわけないだろ。一生、離さない。何があっても、お前に裏切られたとしても、お前が“俺”から逃げ出したとしても。その先が例え地獄だったとしても、ずっと一緒にいる。希は永遠に、俺だけのモノだよ」
我ながら重すぎる愛に自嘲気味な笑みを浮かべる。こんなの、呪い以外のなにものでもない。
世界で一番可哀想で、世界で一番かわいい…僕だけの、希。
「傑とのことは明日じっくり聞かせてもらうから、今はただ、僕を安心させて…?」
ポロポロと涙を零す希をベッドに押し倒して、その唇を塞いだ。今夜だけは自分の欲望のままに、希は僕のモノだって、ただ、安心したいだけなんだ。