不穏

「恵」
「、なんですか」
「ごめん。電話に気付けなくて…本当にごめんね」
「いや別にいいですよ。アンタが暇な人間じゃないことくらい俺だって分かってるので」
「めぐ、」
「……」
「おいで、めぐ」
「…、」


気まずそうに視線を逸らして、そしてはぁ、と溜息を吐きながらトボトボと私の元まで歩いてくる恵。そんな恵の腕を掴んで、そのまま引き寄せてぎゅうっとその身体を包み込むように抱きしめる。


「めぐの気持ち、私も分かるよ」
「……」
「辛かったね。悔しかったね。でもね、めぐは1人じゃないから」
「……、」
「大丈夫。大丈夫だよ」


虎杖くんは生きている。宿儺がきっと、彼を生かした。それでも、恵はまだその事実を知らない。恵は、目の前で同級生をーー大切な仲間を、失った。その傷の痛さを、深みを、私は痛いほど知っている。呪術師は、そんな痛みと常に隣り合わせの暗く辛い世界だ。地獄だ。正気の沙汰では呪術師なんて胸糞悪い職業務まらない。だけど、恵はまだまだ、子供なんだ。この痛みを知るのはあまりにも早すぎる。だって、悟もよく言ってるでしょう?
“若人から青春を取り上げることは許されない”って。


「……清宮先生、」
「ん?なあに?」
「………………希さん、」
「ふふ。なあに、」
「……ありがとうござい、ます」
「もっと私を頼って、甘えていいんだよ?私は貴方の、親代わりなんだから」
「……はい、」
「素直でよろしい」


ニカッと笑って特徴のあるツンツンヘアーを撫で回すと、恵は少し照れ臭そうな顔をして「やめてください」なんてぽつりと呟く。言葉に反して離れていこうとしないところが恵なりの甘え方だって分かっているからこそ、たまらなく愛おしいと思うんだ。津美紀と恵。この子達がまだランドセルを背負っている小さな頃から、私達は一緒に暮らしてきた。偽善でもなんでもなく、悟に連れられて2人と初めて会ったあの日、あの時。私はこの子達を幸せにしてあげたいと思った。
優しくてしっかり者の津美紀と、不器用だけどお姉ちゃん想いの恵。2人のことがかわいくてかわいくてたまらなかった。2人のことを守りたかった。それなのに、それなのにーー。
あんなにも心優しかった津美紀が、呪われて寝たきりになった。未だに原因は分からない。
3人で暮らしてきたのに、ある日突然、恵と2人きりになった。恵のあの時の顔は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。



しばらくぎゅーって抱きしめあっていると、突然パシャ、というシャッター音が耳に響いて、バッと恵がその方向に顔を向ける。


「ハッ、随分とお熱いことで」
「…禪院先輩。今写メりました?」
「私をその苗字で呼ぶなっ!!!」
「マザコンは嫌われるぞ〜恵ぃ〜」
「しゃけ」
「真希先輩…今すぐその写真消してください。そして清宮先生は離れてください」
「なによぉ〜さっきはあんなにも希ちゃんっ♡って甘えてたくせにぃ」
「…記憶の改ざんすんのやめろよ」
「えぇ?なにぃ?聞こえなあい」
「この絶妙なウザさあのバカにそっくりだな」
「しゃけしゃけ」
「まあ希の方が少しはかわいげがある気もするが」
「そうか?どっちもどっちだろ」
「ちょっと真希〜聞こえてるんですけどぉ!!」



この世界にいて一番不釣り合いな言葉だって分かってる。だけど願わずにはいられない。
どうかみんな、誰一人欠けることなく生き抜いて。
先生はいつだって君たちのことをーー信じてる。





『もしもし、傑?今、大丈夫?』
『希?大丈夫だよ。どうしたの?』
『…明日、京都戻るんだよね?仕事抜け出せそうなら見送るから』
『フフ、ありがとう。でも無理はしなくていいからね』


喫煙所。タバコを吸いながら傑に電話をかける。吸わないと色々と気持ちが落ち着かない…。硝子が歌姫に散々言われて禁煙した時に私も一緒に禁煙しようとしたけど一日ももたなかった。半日くらいで死にそうになってニコチン怖って思った記憶がある。だから何年も禁煙続けてる硝子のこと本気で尊敬してる。ニコチンに勝つ硝子、凄すぎでしょ…。


『傑、』
『うん』
『……悟はもう知ってるよ、“あの日”のこと』
『知ってるよ。私が悟に話したからね』
『……一応聞くけど、それはどうして?』
『全てをまた投げだしそうになった私に、悟が手を差し伸べてくれたんだ。“あの日”の希みたいに』
『?…うん、』
『もう自分を偽るのはやめる。自分の気持ちに正直に生きたいんだ』
『え?』
『悟、怒ってた?』
『…悟はちゃんと私達のこと知ろうとしてくれたよ。まあ、凄く怒ってたけど』
『まあ怒るだろうね、普通は』
『…すぐるは、』
『うん』
『あの日のことを、後悔してる?』


『後悔なんて、そんな意味のないことしないよ』


傑の雰囲気が変わったのを電話越しに感じる。上手く言葉にできないけど…傑はいつも無理している感じがしたから。


『希のことが好きだよ』
『えっ』
『希の全てが、大好き』
『…私も傑のことが、大好き』
『うん。ありがとう』


やっぱりいつもと違う。甘くて、柔らかなこの雰囲気。気のせいかな?なんか、そう、うん。
さとる、みたいだ。











「おじゃま〜」
「…えっ!?清宮せっ………いっでぇぇぇぇぇぇ!!!」
「はい動揺しても呪力は一定」
「も゛ぉーーー!!!」
「虎杖くん頑張ってるねえ、偉いねえ」


よしよーし♡虎杖くんの頭をよしよし撫でると一気に顔が真っ赤に染まってあ、これは…と思った瞬間やっぱり学長特製の呪骸が虎杖くんに襲いかかる。いでー!!と呪骸に殴られた箇所を抑えながら悶える虎杖くん。うん、これはなかなか痛いやつだ。


「清宮先生もこれからここに来てくれたりすんの?」
「うんっ。かわいいかわいい生徒のことが心配だからねえ」
「そっか………ウブォッッッ」
「前から思ってたけど悠仁希にデレデレすぎない?」
「いやだって清宮先生芸能人みたいに綺麗だし…」
「やだあ♡悠仁ってばかわいい〜♡」
「こぉら希。あんまり生徒をからかわないの」
「はあい。ごめんね虎杖くん」
「だ、大丈夫っス(あともう少しで先生にハグされたのに…!)」


虎杖くんは、まだたったの15歳の、子供だ。つい最近まで呪霊のことを知らずに生活していたのに、ある日突然、彼の世界は変わった。
呪霊の存在。宿儺の器。死刑対象。地下室での生活。
本当は凄く凄く、怖いはずだ。不安なはずだ。泣き叫びたいはずだ。
それなのに彼はいつも笑顔で、気丈に振る舞っている。私がもし虎杖悠仁の立場なら、果たして彼のように強くいれたのだろうか?


「じゃ、僕は用事があるので。その調子で頑張ってね」
「こんなんで強くなれんの?」
「虎杖くんならきっとなれるよ♡」
「あ、ありがと……グハッッッ!!」
「大丈夫?」
「クソいてー…」
「そうだ。死んでる時宿儺と話したかい?」
「話…」
「心臓を治すにあたって条件とか契約を持ちかけられなかった?」
「あー……なんか話した気がするけど
思い出せねぇんだよな」
「……」
「……そうか」













「五条先生は学長との約束があるからその間虎杖くんは私と一緒にいようね♡」
「う、うん」
「どうしたの?」
「いや…俺別に1人でも大丈夫だよ?もう子供じゃねえし」
「ふっ…ふははっ」
「ちょっ、清宮先生なに笑ってんの!」
「先生から見たら君はまだまだお子ちゃまだよ。無理して背伸びしなくていいの。もっと自分に素直に生きなさい」
「……うっす」
「うん。素直でいい子」


そう言って虎杖くんの頭をよしよしと撫でると、その瞬間顔が真っ赤に染まるけどさっきと違って呪骸は寝たままだ。…へえ、意外と飲み込みが早い。


「死ぬ気で頑張れ若人。その頑張りはいつだって君の力になり助けてくれる」
「……清宮先生ってさ」
「うん?」
「なんか五条先生に似てる気がすんだよな」
「…え?マジで?」
「なんでちょっと嫌そうなん?」


それから2人で悟が用意した映画を見ているけど呪骸はずっと寝たまま。この短時間でここまで伸びるなんてなかなか凄いじゃん。そんなことを思いながら感心していると、突然悟の呪力を感じて後ろを振り向く。その瞬間、悟は人差し指を口に当ててシーってしてして、視線を前に向ける。くぅ、さとるかっこよすぎでしょ…!


「悠仁」
「五条先生!?用事は!?」
「?」
「出かけるよ、悠仁」
「えぇ!?」
「悟?」
「課外授業。呪術戦の頂点『領域展開』について教えてあげる」


五条先生。とりあえず私は帰っていいですか?

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