夢を見ている。
物心ついた頃からずっと
同じ夢を、何度も何度も。


はじめはふわふわしていた
何故かいつも真っ黒な服を着ていて
恐ろしいバケモノと戦っていた。

私は黒髪の綺麗な女の子と男の子
そして真っ白のふわふわな髪の毛の
まるで絵本にでてくる王子様のような人と一緒にいて
三人といると楽しくて嬉しくて心がほんわかした。

三人のことがだいすきだと思った。
ずっと一緒にいたいと思った。

王子様は私のことを「あいしてる」と言った。
幸せだと思った。
胸がドキドキしておかしくなりそうだった。


小学校の入学式。
ずっと夢で見ていた“王子様”と出会った。
その青空のような瞳と目があった瞬間、
無意識に「さとる…?」と呟いた。


さ と る ?


そうだ、この人はーー。


「っ、なまえ…っ!」


涙目の王子様が駆け寄ってきて、そしてぎゅーっと抱きしめられる。その瞬間、頭の中に“今まで”の記憶が一気に流れ込んできて、今まで見ていた夢は前世の頃の記憶なんだとこの時にはじめて知った。


さとる

ごじょうさとる

わたしの、こいびと


また…またあえたんだ…っ


ぶわっと大粒の涙が溢れて、さとるは優しく指で涙を拭ってくれる。先生の声も、クラスの子の声も、もう何も聞こえない。まるでこの世界には私とさとるだけしか存在していないみたいだ。


なまえっ…なまえっ…あいたかった…っずっと、ずーっと…さがしてたんだよ…っ。


さとるは何度も何度もそう言って、私のことを力強く抱きしめた。まるで離れないでとでも言いたげなように。私はもう胸がいっぱいで、なにを言ったらいいのかどうすればいいのかわからなかった。たださとるの匂いと温もりに包まれながら、涙が止まらなかった。













ずっと大切な何かを忘れているような気がしてた。
だけどさとるにまた出会って、記憶が戻って。
それはまるで…バラバラに散らばっていたパズルに最後のピースがぴったりとはまったような、そんな感覚だった。





私とさとるは同じクラスだった。
赤い糸だね、なんて二人でニコニコと笑いあった。
この世界には、呪霊は存在していない。ただ単に私と悟が“見えない側”になっただけかもしれないけれど、それでも。あの殺伐とした世界で生きていた頃が嘘のように、この世界は穏やかな時間が流れている。

平凡とはかけ離れた血生臭い世界で私達は戦ってきた。たくさんの大切なものを失いながら、それでも、前を向いて。平和な世界なんて夢物語だとずっとそう思っていたのに、私達は生まれ変わって、今確かにここに存在している。そしてまた私達は巡り会った。奇跡だと思った。


「おれたちって恋人だよな?」
「うん」
「すき?」
「すき」
「あいしてる?」
「あいしてる」
「いちばん?」
「ううん」
「えっ」
「さとる、だけ」


にっこりと微笑みながらそう言えば、顔を真っ赤に染めたさとるが「なまえ〜!」と叫びながら抱きついてくる。


瞬間、「キャアアアアアアアア!!!!」と割れんばかりの歓声が聞こえてきて、さとるは「うるせえ」と眉をひそめる。そんな姿でさえも、さとるは天使のように美しい。


そう。私達は前世の頃と全く変わらぬ容姿をして産まれてきた。もう私達に特殊な能力はないけれど、悟の瞳はあの頃と変わらず宝石のように美しい碧色だし、髪の毛は透き通るように美しい白だ。まるで本物の天使のよう。


「はぁ…うぜぇ」
「日に日に取巻き増えてくね〜」
「おれのなまえなのにぃ…」
「それを言うなら悟だって私のなのにぃ」


額をコツンと合わせて、笑い合う。
私のその姿を見た担任の先生が鼻血を出して倒れた。どうやら私達の美貌は、特殊な能力がなくても人を倒せる威力があるらしい。







「今日うちくる?ママがアップルパイ作ってくれるの」
「まじ?やったー!なまえママのアップパイすげえうまいんだよなあ」


そう言って嬉しそうにくしゃりと笑うさとるにつられて、私も自然と笑みがこぼれる。


「ママ〜ただいまあ」
「おじゃましまーす」
「はーい♡おかえりなさい♡やだ〜さとるくん久しぶりじゃない!ほんといつ見ても男前ねえ」
「知ってる」
「ふふっ。うちのかわいいかわいいお姫様の隣に並んでも引けを取らないのなんてさとるくんくらいよ〜」
「うわあさらっと親バカ発言」


はーい親バカでーす♡とぎゅうっとママに抱きしめられる。
前世の頃、母と父から愛された記憶はない。だからずっと憧れてたの、家族というものに。休日は家族でお出かけして、みんなでご飯を食べて、一緒に手を繋いで眠りたかった。転んだ時はよしよしと頭を撫でて欲しかった。寂しい時はぎゅうっと抱きしめて欲しかった。


ただ両親に、愛されたかった。


だから悟とまた再会して前世の記憶が戻った時、あの頃の夢が叶ったんだと思った。
パパは大手のIT企業の社長で、かなりの娘バカ。小さな頃から花よ蝶よとそれはもう大事に大事に育てられてきた。なまえはパパと結婚するんだもんなあ♡がパパの口癖で、まだ小学生のさとるに敵対心むき出しでちょっと大人気ないところもあるけど私はそんなパパのことが大好き。
ママは元超がつくほどの人気モデルで、パパとの結婚を機に華々しい芸能界をあっさりと引退した。ちなみに私の容姿はママに瓜二つだ。天然なところもあるけどママの作る料理はどんな高級なお店より美味しいしいつだってパパを影から支えて私のことを優しく見守ってくれる、私にとって一番の自慢のママ。ママはパパと違ってさとるのことをそれはもう気に入っていて将来のお婿さん♡だなんて言ってパパを泣かせている。仲良しか。


「俺さあ」
「うん?」
「生まれた時からずっと前世の記憶があって」
「うん」
「またなまえと出会えてすげ〜幸せ」
「私もめちゃくちゃ幸せっ」
「「…」」


「「すぐるとしょーこにもあいたいなあ」」


この私達の願いが叶うのは、後数年後の話になる。













さとると一緒に学校に通って、休憩時間になれば運動場に飛び出してバカみたいに遊んで、授業中に居眠りして先生に怒られているさとるを見てはクスリと笑って、授業が終わればだいたいどちらかの家に遊びに行って宿題をしたりゲームをしたりした。
さとるは今世も裕福な家庭で産まれたけれど、前世と違ってさとるの両親は心の底からさとるのことを愛している。本当に…良かったと思った。さとるは誰よりも強くて、孤独な人だったから。



「「「さとるくーん♡こっち向いてー♡」」」
「あ゛?」
「「「キャー♡♡♡」」」
「うるせ、」


「「「せーのっ!なまえちゃーん♡」」」
「ん〜?」
「「「あ゛ぁぁぁぁぁぁかわいぃぃぃぃぃぃ」」」
「知ってるぅ」


高学年にもなると、私と悟のファンクラブができた。下駄箱に入りきらないくらいのラブレター。一日に数えきれないほどの告白。まあお互いこの容姿だし前世も似たようなものだったから慣れてるっちゃ慣れてるんだけど、あまりの騒がれっぷりに流石に鬱陶しくなってきたのも事実で。私達が付き合ってることは全校生徒知ってるはずだから付き合いたいとかそういう次元の話じゃなくて人気アイドルにキャーキャー騒ぐオタみたいな感覚なのも分かってるんだけど。…うん、分かってるんだけどさあ。


「さとるくーん♡あいしてるぅぅぅ♡」
「さとるくん結婚してー!!!」


思わずムッとしてしまう。彼氏が他の女にこんな風に言われて平常心を保てるほど私はできた人間ではない。さとるは「うぜぇ…」とめんどくさそうに言いながらグッと眉をひそめる。そしてようやく私の異変に気付いたのか「なまえ?」と不思議そうに名前を呼んで、反応しない私の顔をぐいっと覗き込んでくる。


「なまえ?どーしたの?」
「…べっつにぃ」
「え?なんか怒ってる?」
「…………怒ってなぁい」
「ぜってえ怒ってんじゃん。なに?俺なんかした?」
「……」
「黙ってたらわかんないよ。ちゃんと言って?」


さとるの優しい声色に拗ねて素直になれない私はプイッと視線を逸らして黙り込む。私達の異様な雰囲気に周りがざわつきはじめてそれにすらもイラついてしまう。


「…ごめん、意地悪した」
「は?」
「ヤキモチだろ?」
「えっ」
「なまえがあんまりにもかわいいからわざと気づかないフリしちゃった」


ごめんね、なんて舌をペロリと出されてなにそれ!なんてむかついた私はさとるの後頭部を引き寄せてそのまま唇にちゅっとキスを落とす。
瞬間、割れんばかりの歓声が学校中に響き渡る。


「さとるは私のだから!!!!」


バンッとさとるの取巻きにそう宣言すると、キョトンと固まるさとると取巻き。そしてすぐに顔をふにゃりと嬉しそうに緩めたさとるが「なまえも俺だけのだよぉぉぉぉ♡」大声でそう叫びながら私をその腕の中に閉じ込める。
そんな私達の姿に、次々と取巻きが鼻血を出して倒れていく。


「さとる、」
「ん〜?なあに?」
「愛してる」
「俺も愛してる」


前世から繋がる赤い糸は、今も私達のことを強く結びつけているね。
なんて、私達にはロマンティックすぎるかな。
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