幸せな人生だと思う。高収入で優しくてイクメンな旦那と、先月に一歳になったばかりの息子との三人暮らし。旦那の実家は遠いから良く言われている嫁姑問題も特になく、至って平和な毎日。旦那との仲も良好で、ママ友からは羨ましがられるくらい。


「それでねーうちの旦那がさあ」
「うそー?まじで?それやばくない?」
「でもうちのよりマシよ。うちのATMなんてこないださあ」


旦那のことをATMやゴミ扱いするママ友の話を聞きながら、いつもひっそりと優越感に浸っている。やっぱり私は人生の勝ち組なんだって。まあ、そんなこと口が裂けても言えないけど。他人の不幸は蜜の味だなんてよく言ったものだ。


「いいよねえ、みっちゃんの旦那は優しくて」
「えー?そんなことないよ?普通だよ〜」
「今日だって子供旦那が見てくれてるんでしょ?」
「仕事休みだからだよ」
「うちの旦那なら絶対ムリ!!休日くらいゆっくり休ませろって寝てばっか」
「うちもうちも。いっそそのまま粗大ゴミに出したいわあ」
「はははっ!わかるー!」


お腹を抱えて笑うママ友に合わせて、私も笑う。哀れな人達。そんなに旦那のことが嫌なら離婚すればいいのに。まあ、離婚した後の生活が不安だからこうやって愚痴を吐きながら我慢して生活しているんだろうけど。可哀想だなあって思う。そして、私の旦那は当たりで良かったと改めて実感することができる。


数時間が過ぎてカフェをでてママ友達と解散すると、携帯を取り出す。旦那から息子の写真が送られていて、“こっちのことは気にしなくていいから、ゆっくり楽しんできてね😊”なんてメッセージも届いている。本当にできた旦那だなあ。イクメンでイケメンで優しくて高収入で、おまけに料理も上手。こんなハイスペックな男をゲットできた私って、本当に凄く恵まれてる。


ちょっとスーパーに寄って買い物して帰ろう。そんなことを思っていたら、先を歩く長身の男の人がズボンの裏ポケットから財布を落として、慌ててそれを拾って、落とした男の人の元に向かって足を進める。


今思えば、これが運命の分かれ道だった。


「あのっ」
「?はい」
「これっ、落としっ、ましたよ…っ」


はあはあと肩を上下に揺らしながら声をかけると、長身の男の人が振り返る。

その瞬間、瞬く間に心を奪われた。

こんなにも美しい人間を、私は今まで見たことがない。


「あっ。僕の財布!」
「ポケットから落としたのを見かけて…」
「わっありがとうございます。助かりました!」
「いっいえ!追いついて良かったです…っ」
「お優しいんですね」
「えっ?」
「だってわざわざ走ってまで僕に届けてくれた。盗むことだってできたのに」
「ぬ、盗むなんて…っ!そんなこと絶対にしません!」
「ふふっ。冗談です」


可笑しそうにクスクスと笑う彼から、目が離せない。
顔が、熱い。

見たことないけど、モデルさんなのかな?
透き通るような真っ白なサラサラの髪の毛に、ふさふさの長い睫毛に縁取られた宝石のように美しい碧の瞳。鼻筋の通った綺麗な鼻に、形の良い唇。それらが全て絶妙なバランスでその小さな顔に収まっている。まるで本物のお人形さんのように、恐ろしいくらい整った顔立ちの男の人だと思った。


「…あー、ザンネン」
「え?」
「オネーサン、既婚者なんですね」


私の左手の薬指を指差しながら、彼は残念そうに眉を下げる。…何が残念なの?なんて、そんなこと聞かなくても分かってる。彼の瞳が真っ直ぐに私を射抜いて、胸がドキドキしておかしくなりそうだと思った。
…ああ、こんなこと絶対にいけないと頭では分かっているのに。


「これくらいは許してくれますか?
…財布を拾ってくれたお礼がしたいから、LINE交換しませんか?」
「……は、い」


彼の目がスッと細められる。ちょろい女だと思われただろうか。
今まで一度も不倫なんてしたことはない。
だって旦那以上の男と出会ったことがなかったから。私にとって、私の旦那が私の理想的な男だったから。だけど。


「良かったあ。断られたらどうしようかと思った」


ふにゃりと顔を緩ませる彼は、さっきまでとは違って一層幼く見える。…かわいい。
正直、彼を見て彼のことを好きにならない女はこの世に存在しないのではないかと本気でそう思う。それくらい、魅力的な人。この人を見てしまうと、旦那が酷く平凡で大したことない男にしか思えなくなる。


「僕の名前は、五条悟。LINE、無視しないで下さいね?僕、こう見えて意外と繊細なんです」


そう言って、指をするりと絡められる。


「財布を拾ってくれたお礼に、近々ランチでもどうですか?」


コクリと頷くと、彼は嬉しそうにふわりと笑う。その顔に思わず見惚れてしまう。
もう、チョロい女でも構わない。だって出会ってしまったんだもの。私の本当の、王子様に。
家で待っている旦那と息子に多少の罪悪感は感じたけれど、それよりも、彼に対するドキドキが遥かに勝った。


そう、私はこの日…
五条悟という美しい男に、恋をした。













五条悟さん。年齢は28歳。外資系の大手IT企業に勤めているらしい。これは、五条さんとLINEをしていて分かったこと。
そして私は、どうやら彼に口説かれているらしい。
自惚れでもなんでもなく、五条さんは分かりやすくアプローチを仕掛けてくるから。


“かわいいですね”
“早く会いたいです”
“美々さんのことばかり考えてしまいます”
“ご主人が羨ましいです”


女性慣れしているし、もしかしたら他にもこういう女性がいるのかもしれない。けれど、久しぶりに感じるこの胸のトキメキをどうしたって止めることはできなくて。
五条さんに出会ってからの私は、子供を見るよりスマホを見ることが増えて、旦那の夜のお誘いを断るようになった。日に日に五条さんに夢中になっていくのが自分でも分かる。











「貴方のことが、好きです。ダメだって分かってるのに、何をしていても貴方のことばかり考えてしまう…
貴方の一番になれなくても構わない。ただ僕のことも、愛してもらえませんか?」


五条さんと二度目に会った時に告白されて、まるで夢のようだと思った。じわりと視界が涙で滲んで、五条さんが優しくハンカチで拭ってくれる。


「そんな顔して泣かれたら…僕、期待しちゃうよ?」
「…もう、五条さんしか、見えません」


ふわりと包み込むように抱きしめられて、このまま二人でどこか遠くに行きたいと本気でそう思った。もうなにも、いらない。五条さんがいてくれたら、それでいい。そんなことを思いながら、そっとその逞しい背中に手を回す。
私はこの人を、絶対に、離さない。



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